日航機の事故から25年
テレビでも
新聞でも
さまざまな報道されていますよね
25年前
machacoは
まだ学生で
夏休みをアルバイトで過ごしていました
ぼんやりとした学生だった私でも
この事故のことは
強烈に記憶に残っています
父の会社の関係の人も
何人か搭乗していて
家に帰ると
父が言葉少なく
心配そうにしていたのを
今も覚えています
そんな事故からもう25年
遺族たちも高齢化がすすんでいるとのこと
この事故を語り継いで
忘れることのないように
次の世代へ
どのように引き継いでいくかが
課題だそうです
さっき
あるニュース番組で
お父様をなくされた方の息子さんが
テレビに出ていました
彼は事故後に生まれた21歳ですが
11歳のころから
お母さんと一緒に
慰霊登山をされているそうです
事故を知らない若者
この日のことを
「生きていること
死ぬということを
考える日だ」
とはっきりとした口調で
迷うことのない瞳で
答えていました
そのことばが
とても印象的でした
それは
事故に直接関係のなかった人たちも
できること
それを
この日だけでも
考えてみるって
それは
事故の記憶を
繫いでいけることなのかもしれません
そう思いながら
その若者のインタビューを聞いていました