こんばんは。
今回は肉食に焦点を当てブログを書こうと思います。
まず最初に下記の聖句を見てください。
創世記一章二十九〜三十節
神は言われた。「見よ、全地に生える種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなた達に与えよう。それがあなた達の食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなどすべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」そのようになった。
神は命あるものには食物としてすべての青草を与えられ、そんな創世記の時期には人間も含め創造されたすべての生き物が果実や青草を食べていたとこの聖句から想像することができます。なんとこの時点で神は食料として肉を与えられていないのです。ここでふとある疑問が浮かび上がりました。「肉食動物のライオンも昔は草食動物で肉を食らうことがなかったのではないか」と。さっそくネットで調べてみるとユーチューブ上にある一つの動画を見つけました。それは肉を食べないライオン(リトル・タイク)のお話です。
動画の内容を説明します。【千九百四十六年にリトル・タイクという雌のライオンが生まれ、タイクはあらゆる種類の動物の周りで育ち、肉を嫌う性質を持っていました。それにより彼女の大好きなゴムでできた玩具を屠殺された牛の骨に取り替えると激しく怒り出したとのこと。タイクの奇妙な振る舞いを心配した飼育員らはどのように肉を彼女の食事に導入するかを思いめぐらし、牛の血をミルクに混ぜて与えてみたり、牛乳と肉入りハンバーガーを差し出しますがどちらも顔を背け食事を退けてしまいまったく肉に興味を示しません。そんなある日、一人の若い訪問客が創世記にある聖書の言葉を知らないのかとタイクを飼育するジョージに語り掛け、創世記一章三十節の聖句を伝えます。その聖句を見たジョージはそれ以降タイクの食事について心配することをやめます。ここから彼女に肉ではなく穀物と牛乳を軸に食事を与えるとタイクは喜んで食べたそうです。他にも彼女には小猫・子羊・小鹿など多くの友達がいたことでも知られていて、中でも雛鳥を口に入れて戯れる光景はイザヤ十一章六節を彷彿とさせ、普段滅多に見れるものではなく現実とは思えない光景に見えたそうです。タイクはその評判から番組依頼も多く殺到し番組の撮影中に肺炎で無くなりますが、彼女の功績は今現在も多くの人に語り告げられているとのことです。】
このユーチューブ動画を見て思ったのですが肉食動物は本来肉を食べたり、共食いをするように創造されていなかったのだと思います。神が本来意図しておられた秩序とは上記に挙げた聖句のとおりすべての生き物が青草や果物を食べて生きていくものだったのではないでしょうか。またイザヤ六十五章二十五節には「獅子は牛のように藁を食べる」とあります。この聖句は動物たち本来の様子を描いており、後の世には肉食は存在しないのかもしれません。
次に日本人の肉食事情について取り上げていきます。驚かれる方も中にはいらっしゃるかもしれませんが、昔の日本人は肉食ではありませんでした。「日本書紀」によると飛鳥時代の天武四年(六百七十五年)に天武天皇が牛・馬・犬・猿・鶏を食べることを禁じる日本最初の肉食禁止令である「肉食禁止令の詔」を発布したと伝えます。その原文の日本語訳が下記の通りです。
十七日、諸国に詔して、
「今後、漁業や狩猸に従事する者は、檻や落とし穴、仕掛け槍などを造ってはならぬ。四月一日以後、九月三十日までは、隙間のせまい梁を設けて魚を獲ってはならぬ(稚魚の保護)。また牛、馬、犬、猿、鶏の肉を食べてはならぬ。それ以外は禁制に触れない。もし禁を犯した場合は処罰がある」と言われた。
その後明治四年までの約千二百年間日本では肉食を忌避する文化が続き、そうした中で人々の心の中には「肉=生き物の死骸であり不浄なもの」という観念が刻み込まれていくことになります。よく昔の日本人は強かったと言われますが、肉を食べない食文化が少からずとも影響していると思われます。明治期までの日本人は今と比べてとてつもない力と体力を持っていた証拠として、当時日本を訪れた独逸帝国医師ベルツが自分の日記に記しています。ベルツはある日東京から日光まで百十キロある道のりを人力車に乗って移動したのですが、その間ベルツを乗せた車夫は交代なしに車を引き続け十四時間余りで目的地までついてしまったとのこと。この車夫の体力はいったいどこから来るのだろうかと疑問に思い、ベルツは車夫に食事について質問すると「玄米のおにぎりと梅干し、味噌大根の千切りと沢庵」との返答が返ってきます。また平素の食事も米・麦・栗・じゃがいもと低タンパク低脂肪食でありその中に肉は入っていませんでした。そこでベルツは独逸の進んだ栄養学を適用すれば今よりも倍の力が出せるだろうと考え次のような実験を試みます。
二人の車夫を雇い一人に従来通りのおにぎりの食事、もう一方には肉の食事を摂らせて毎日八十キログラムの荷物を積み、四十キロの道のりを走らせるというものです。
実験の結果、肉料理を与えられた人はすぐに体力が尽きて三日で走れなくなり、「もとの食事に戻してくれ」とベルツに懇願する程でした。その一方普段の食事を摂った者はそのまま三週間も走り続けることができました。この実験からも昔の日本人は現代人よりも強くたくましかったと分かります。そしてダニエル書にはこれと関連するような興味深いことが書かれています。
ダニエル書一章八節
ダニエルは宮廷の肉類と酒で自分を汚すまいと決心する。
上記の聖句からダニエルは肉を食べることで自分の身体が汚れると思っていたようで、これは昔の日本人にあった「肉食=悪しきもの」とする考え方と一致します。また十日間野菜と水を摂ったダニエルは宮廷の食べ物を受けている他の少年たちよりも顔色と健康が良かった(ダニエル一章十五節)ともあり、健康の秘密は肉を食べないことにあるのかもしれません。またベルツの日記とダニエル書から分かる共通点としてどちらも粗食であるということです。現代の日本は飽食の時代と呼ばれ多くの人が、その日その時に食べたいものを自由に選んで食べられますがそれが現代日本を堕落させている一つの原因でもあるのではないでしょうか。食事に関する聖書の聖句を見てみます。
箴言二十三章二節
あなたが食欲旺盛な人間なら自分の喉に短刀をあてよ。
箴言二十三章二十~二十一節
| 酒にふけり、肉をたしなむ者と交わってはならない。酒にふける者と肉をたしなむ者とは貧しくなる。 詩編百十九編七十節 彼らの心は肥え太って脂肪のようです。しかし我はあなたの掟を喜びます。 また、古代イスラエル人は肉を食べたいと泣き言を言い最終的にはその貪欲ゆえに主によって滅ぼされたことからも(民数記十一章四~三十三節)大食いはやめるべきです。 |
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ここまでずっと肉食に焦点を当てて書いてきて肉食の悪い部分しか取り上げませんでしたが、マルコ七章十九節で主イエスは「すべて外から人の体に入るものは人を汚すことが出来ない。それは人の心の中に入るのではなく、腹の中に入り外に出され、こうしてすべての食べ物は清められる。」と発言していますので決して肉食が悪いことではないと心にとめておいてください。ただ上記に書いたように暴食になることがないように自分の食欲を自制することが大切です。また最終的に人間はパンだけで生きるものではなく、主の口から出る一つ一つの言葉によって生きる(申命記八章三節、マタイ四章四節、ルカ四章四節)ことを忘れてはならないことを胸に刻み込まなくてはなりません。
今回はこのへんで終わりにしたいと思います。最後までお読みいただき誠にありがとうございました。 |