ありのままで生きる -80ページ目

ありのままで生きる

自然が大好き。旅が大好き。自然のcolorのグラデーションの中に意識を合わせることが大好き。そんな感覚を伝えていきたい。「自然との調和」を大切にこの世界をつくっていきたい。

今日は、朝、身の回りの環境を整えた後、お茶をしていたら、

目の前に、「ニホンカモシカ」が現れた。



びっくりして、すかさず行動したのは、「娘に見せてあげよう」とスマホで撮影しだした自分がいたことだった。

意識、大分、ITデジタル化しています。

 

原因は、最近この人の発言はギリギリのところを攻めてきて面白いと思ってる成田先生のスピーチを昨日の夜見まくっていたからだろう。

ebpmについてのスピーチなどから始まり、日本人の同調圧力などの意識に対する発言など


 

要は同じ土俵に乗らない俯瞰した考えをユーモアを乗せながら、自虐の発言などを入れ、絶妙のバランスで哲学的な意識改革をしているじゃないかと夢中になってしまった。

多分、私がやりたいことをやってる先駆者だから、つい夢中になって情報を集めてしまう。

 

 

なので、つい自然の意識から大分離れたところにいたのか、自然代表の「ニホンカモシカ」さんが、目の前、3メートルくらいの距離感にいた時はびっくりしてしまった。

しばし、観察、、スマホの流れになってしまったので、その後、彼?の行動を追いかけると、隣のおばさんとの距離8メートルくらいの場所にだどりついた彼がいた。

「降りてきちゃったのかね。山に帰りな」と諭されて、その後、彼は戻っていった。

 

一連の動きを見ていた私。

以前は、動物と意識を合わせることが普通で、繊細な意識があったはずなのに、いつの間にか遠のいてしまっていたことに気づいた。

今度あったら、ちゃんと会話するところから始めたいと思った。

 

としても、急に現れたニホンカモシカ、自分の意識を解説していく。

これは、本当にオラクルカードなどの解説と一緒で、向こうから現象がやってきてしまっているから、それを読み解いてみる。

 

ニホンカモシカ、、

 

 

遥か昔 

神々がまだ名を持たぬ時、掟を作り上げた時代があった。それは小さな約束でしかなかった。

山に、川に、土に木に、一番大切なものを捧げ祈った。

これ以上でもなく、これ以下でもないことを。

ここに、絶妙なバランスを知る者たちがいた。

私たちの祖先だ。彼らは、身も凍るような早朝の岩場で佇むニホンカモシカを見た。

その動物は逃げなかった。彼らはそれを射ち一番大切な箇所、心臓を山に捧げた。魂を、そこに残すのだ。

山と交わした約束は、そこへと辿る。
多くの生き物たちがそれを覚えている。太古よりこの地で生きる、ニホンカモシカがそれを知っている。

 

幕開けの、姿を現すに相応しい聖獣

霧を祓い、足元を照らす


心に神という概念の在る無しに関わらず、今あなたは崇高と呼べる何かを見ている。
その旅は一旦は終わり、頂きの彼方から登る朝日をあなたは見ている。

 

今、あなたの苦悩は気高さへと変貌する。今生を超え空と海を渡り、魂の破片を拾い集めた。

そして、最後のひとつを手にした時、集めたすべての破片をあなたは無へと解放する。

ニホンカモシカは、あなたには今、超える峠のないことを教えている。登り切ったことを知らせている。

あなたが今進めるのはここまでだと教えている。

絶壁に近いと思われる岩場をニホンカモシカは駆け上がる。いとも簡単にそれを超え、峠の超え方を教えてきた。

あとから続く者たちのために、その風景を壊してはならない事も身をもって教えた。例え何かに気が付いたにせよ、それはそれで間違いではない。誰かにとっての正解なのだ。

異世界との境界線に立ち、それを知らせるのがニホンカモシカだ。あなたが目にしてきた事象が幻であったか否かの答えは、現実の中にしか存在しない。あなたの選ぶものの中にのみ蘇る。
 

こんな解説があった。

自分がチョイスしていくことで生まれていく世界。

自分の中の、自然と人間の世界のバランスの軸がズレてしまっていたことに気づかせてくれた意識

 

今、私が伝えたいことが自ずと出てきて、それについて書いていこうと思う。

 

3年前、父とD I Yで藤棚を作って、2種類のフジを植えた。

昨日まで蕾だった花が開いて、とてもいい香りがしだした。





元々、蔵があった場所を壊して、コンクリートだけが残っていた。

藤棚を作った後に、そこの土台のコンクリートに梅雨の時期、たくさんの雨が溜まって流れていかないことが嫌で、雨水が抜けていく仕組みを作ろうとした。環境再生をしていた元夫に聞くと、コンクリートを全部ハツって水を流す仕組みを作れば良いと、、、







 

専用の道具もなければ、機械を使って改善していく方法になんだか違和感を感じていた。

なんか同じエネルギーで治していくと言う方法がものすごく大規模有機農業みたいに思えた。

私は、わら一本の革命の福岡さんの自然農のようなスタイルを目指したかったのかもしれない。

 

戦争や環境問題に反対するエネルギーがなんだか苦手だった。

違う次元にいる禅僧のような意識感が心地良く感じるのだろうな。

 

で、小さく環境再生を行なった。娘と一緒に、コンクリートにでっかいハンマーでポコポコと数カ所穴を開けた。

一年目は、コンクリートの破片で、曼荼羅を作っただけだった。

2年目になると、そこに、草たちが生え出した。頑張って地下環境を整備してくれと話しかけた。

3年目はたんぽぽやすみれの花たちが咲いてくれた。たんぽぽの根っこは地中深くまで根を作ってくれるから地中で水脈の動きをどんどん変えてほしいと思う。

 

私が目指す、環境再生の姿

自然にまかせる。

自然との共生

人間社会だけではない、自然や動物との共生

傲慢になっている人間社会にメス という意識は私には少々強すぎるので、ミツバチの針のように少しチクっと刺すような意識改革をできるような発言ができるようになるといいな。

 

ニホンカモシカ、今日は会いにきてくれてありがとう!!

 

その後、前のおばさんが稲荷さまのお札を持ってきた。

 

稲の豊穣、つまり、命の根を大事にしていく神様がやってきたみたい。