自分の中の正しさがわからなくて、どう生きたら良いのかという思いから最近、教会に行ったりしている。
自分の中で、教養を身につけたいという思いから派生した行動なのだが、色々と思うことが出てきていることも確かである。
段々と自分の事しか見えてなかった状態から周りの事や人、仕事などを曇りなき視点で見ることができるようになったように思う。
これが魂の成長というのかもしれない。
利己主義から利他主機へ マズローの階層の6段階目の意識ですね。
教会にいくと、聖書がバイブルの存在となり人生の指針を示してくれるのです。
指針がないと、何を基準に物事を考えていいのかがわからなくなってしまう人には良いかもしれませんが、盲目的な考えには注意しましょう。
昔は、宗教というものに対して盲目的な見方をしている人たちしか目に入ってこなかったので、
(つまり自分の視野が狭かった状態なのだけれど)宗教🟰怪しい と写っていました。
もちろん、色々な宗教があり、それぞれが正しいと思うことを強く信じている世界の中で、戦争まで起きてしまうぐらいのエネルギーを生み出してしまっている状態が宗教にある事も見据えて物事を見ていく力は持っていった方が良いと考えています。
私が、宗教というよりも聖書には生き方の指針を教えてくれる文章が多々載っており参考にしているのですが、仏教然り、禅の教えや、ヨガ哲学など全ての智慧となる教えについても、自分の中の指針としています。
そして、聖書という教えを使ったキリスト教も、宗派が異なれば解釈の違いも多々ありで、組織全体がどういう形態であるのかという事が重要になってくると思います。 仏教も然り。
もうこうなってくると宗教というよりも、組織全体の流れを見ていくことを常にしていく習慣をつけた方が良さそうですね。
最近、気になるワード、teal組織。
DUP(*1)という平和活動を日本で広めている20年来の友人と宗教の話をした時に出てきた組織としての在り方。
教会にいった時も、聖書は真実が書かれているけれど、それを組織として運営していく在り方がとてもピラミッドの構図のように感じて、個人的に権力構造の世界にちょっと戸惑ったのはそこら辺の感覚なのかなと思ったよ。
学校という場所もフラットな組織だと良いのだけれど、集まった人たちの意識の集合体の状態が出てしまうから、自ずと多数決的に淘汰されてしまうところはあるのかなと感じています。
人間社会の教科書も参考にしながら、今は、自然が教えてくれることに目を向けて在り方を学ばせてもらっています。
なので、今は、自然が教科書です。
人間社会の教科書のままでは、自然破壊も災害もどんどん起きてしまっていると思うのだよね。
人間中心の世界では美しい自然がどんどん壊れてしまってきている。
私たちは自然を観察することで得られる知慧を、自然との共生の在り方として、意識を変え行動を変えていくことができるのだと思う。
ちなみに、DUPを日本に紹介しているソーヤ海君と話した時に、「僕たちのお手本は子どもなんだよね。」
と、愛の在り方を伝えてくれた。
「ジャッジメントのない共生の在り方」
私のやりたい事が少しずつ明確になってきた。
環境教育に愛の意識をしっかりと入れる事!
*1 Dances of Universal Peaceという1960年代にアメリカで始まり、世界各地の先住民の祈りの歌や、信仰の中で大切にされているフレーズを歌いながら、シンプルな動きで輪になって踊るサークルであり、人とのつながりやコミュニティを育む、とてもパワフルなムーブメント。

