婚活も一息ついた。
生活の不安から、娘の成長に合わせて、自分の中の足りないものを埋めようとする動きがあった、
それが、婚活を始めたきっかけだった。
貯蓄が減ってきて、自分の事業が上手くいかないと、足りないものを求めて人は動く。
結局、私の場合は、充分な知性を補うことだった。
相手は高校の先生だったから、自分が持っているベースの考え方と似ている部分があったし、慈悲深い性格もとても尊敬できるものだった。
途中から、自分のペースを相手のペースに無意識に合わせてしまう自分がいた。
もちろん、嫌ならやめれば良いのだけれど、何となくペースが心地良くて合わせてしまうが、段々、無理をしている自分に気づく。
社会通念的な価値観に合わせすぎて、自分本位の生き方がまたもわからなくなっているパターン。
良い悪いはなく、潜在意識の中で、我慢という苦痛が増えてしまっているパターン。
全ては経験してわかること。
人として見ると最高に素敵な人なんだけれど、所々で、日本国に忠実に働いている人のルールの違和感が私を苦しめる。
その中には、公立の学校に対する違和感がそのまま直結していたことに気づく。
戦後教育の管理教育から始まり、一斉型指導。
時代に合わせて変えていく寛容さや方法を変えないと全ての子どもたちが学校という社会に合わせるのが難しいかもしれない。
私の公教育の実践も最後には、自分が適応障害になって終わるという状態だった。
日本社会に合わせて生きると、瀕死になってしまう。
企業や私学などは、社会情勢に合わせて、常に変化していかないと企業が存続していかないが、
日本の学校公務員によって作られてしまっている学校システムは、鬱が出ようが、教員希望者が減ろうが、不登校児や発達障がい児が増えようが、システムの大きな変化もなく、存続し続けるという国のあり方になってしまっているのかもしれない。
社会問題として変化を求めていくという生き方ではなく、自分がどれだけ柔軟に生きることができるかという事が大切に感じてきた。
世界を旅して自由に過ごしてしまった半生が、今更、日本国に合わせた生き方ができるかと言うと、瀕死の状態で生きるだけなのである。
こうなってくると自分が生きたいように生きる事で、誰かの希望になれば幸いだという考えになってくる。
自分の中の問題を社会や学校に責任転換してしまっていたが、問題が内にあることに気づいていくと、問題が問題ではなくなっていく。
満たされれば、自然と自分の内からやりたいことが自然と出てくる、
不平不満は自分を満たしていないだけの事。
何かを悪にしても、自分の心が苦しくなるだけ。
いつまでも誰かに自分の心を支配されないため。
憎むよりも愛する方が良い。
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