ありのままで生きる -103ページ目

ありのままで生きる

自然が大好き。旅が大好き。自然のcolorのグラデーションの中に意識を合わせることが大好き。そんな感覚を伝えていきたい。「自然との調和」を大切にこの世界をつくっていきたい。



携帯通じず、電気はない。川のせせらぎがとっても気持ちの良い場所で娘とキャンプをしてきました。



 

気づいていないけど、携帯が必須で、どんな時も携帯を見ているような状況になってしまった。

良い悪いではなく、何かに囚われている状態って色々と盲目的になっているんだよね。

 

なので、デジタルデトックス!!

川の音を聞きながら、鳥や虫の声を聞いて、山の水を飲んで、薪を割って火を焚べてご飯を作る!!



夜は、満点の星空!!日中暑くなったら、川に飛び込んでリフレッシュ!!

100% ネイチャーの中で過ごすと、自分の中で忘れていた感覚が沢山蘇ってきた。






 

いつの間にか、あれが欲しい、これが欲しい!! あれやりたい!!これやりたい!!!

これって単に自分を満たすためだけの欲と、向上心からくる欲求をしっかりと見極めていくことは大事だと思うんだよね。

 

自分を満たすためだけの欲は、、いつまでたっても尽きないストレスの吐口のようなもの。

でも、向上心からくる欲は、自分を満たしながら次のステップに移るために必要なステップアップへの投資みたいなもの。

 

例えば、「パフェ食べたい」という思いも、単にその時に感じる快楽の為のもので後に残らなければ、ただの欲求。

でも、パフェをどんな組み合わせや、食感にして、全体のまとまりを感じながら、いざ自分がパフェを作るときにその美味しさをどう表現するのか勉強していたら、それはもう欲の域では終わらなく、自分がパフェを作れるようになるための投資であると思うのだよね。(何でパフェが例えなんだろう。。。。)

 

自然農やパーマカルチャーの世界にも、色々な考えがあって、足るを知るの世界が基本としてあると思う。

タルタル教の信者になるか、モアモア教の信者になるのか???

 

宗教で怖いなと思うのは、みんなが同じ考えを持つことは当たり前とされているところ。

その人にとっての欲がどんな種類かを見極めずに、ただ足る足るを伝えていても、結局は、戦争と同じで、

「私たちが正しい」の世界の抗争になってしまう。

大事なことは、対話をして、それぞれの育ってきた背景を知りながら、ニーズを見極めることなんだろうなって思う。

モアモア教の人たちの、欲に走る原因は何だろう??満たされない思い?? 強い社会の言いなり??

モアモア教の人たちのニーズを感じながら、その人たちの琴線に触れられるような表現ができたらいいなと思える日だった。