久しぶりにブログ、
前回の内容から、自分の思考、意識の状態がよくわかる。
結局、今起きている沖縄の基地問題もどう捉えていくかがとても大切。
前回は、沖縄の人たちの視点にばかり、目を向けていて、その意識で動いている自分がいた。
段々と、色々な関わりの中で、日々の気づきから、沖縄で働く米兵の人たちの気持ちを想像してみる。
アーミーで働く人たちの中には、本当に、戦争などで大きなトラウマや障害を抱えてしまっている人たちもたくさんる。
国のために犠牲になっている人たちは、沖縄の現地の人も、米兵の人たちも同じ土台ではないだろうか。
傷ついて、しんどい思いを抱えてしまっているのは、昔からの考えのまま、戦争の意識を持って今を生きている人たち。
もはや、土地や先祖を守ることも、ある視点から捉えれば執着に繋がっていくのかもしれない。
執着というものが私たちを苦しめている思考であるように感じさえもする。
この歴史を見ながら、今をどう前向きに生きていくかという力がとても必要になってくる。
もちろん、マイナスな視点を力やエネルギーにして、改革を行なっていくことはとても大切。
しかし、改革が対立を起こしてしまうようなマインドはPEACEではない。
結局、戦争は私たち一人一人の意識が起こしているもの。
実際に、未だに起きている戦争において私ができることを考えていくしかない。
これが、私の戦争や対立に対する意識表示になるのかもしれない。
無関心は加害者である選択、いじめと一緒で傍観者であることが最大の罪であるように私は感じる。
戦争を起こすような権力者に対しての、意識改革を育てていくことが大切であり、それと同時に被害者マインドは救っていくことが、自分が生きてきた中でできることなんだと感じている。
どんな形であれ、どんな時も、自分自身を常に成長させていくこと。
自分を磨いていくことが大切なんだなと感じている。