発達障がいという言葉に思うこと。自分の過去の話① | ありのままで生きる

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自然が大好き。旅が大好き。自然のcolorのグラデーションの中に意識を合わせることが大好き。そんな感覚を伝えていきたい。「自然との調和」を大切にこの世界をつくっていきたい。

小学校の先生をしていた時のこと

 

発達障がいという子どもたちの支援を行う通級指導教室の担任をしていた。

「ことばの教室」の担任として、発達がゆっくりな子たちに対して、集中的なケアや支援をしていくことで、改善や適応できる土台を作ってきた。

「さかな」の読みが「たかな」になっている構音障がいの子たちや、算数だけがとても苦手だったり、感情表現が上手くできなかったりと色々な子がいた。

落ち着きや、突発的な衝動が出てしまう子は、病院で処方された薬を飲まされていた。

私は、この不自然な状態がどうにも受け入れられなくて、心が苦しくなってしまっていた。

管理職や養教の先生たちに伝えても、なんで疑問を持つのか理解してもらえなかり、思いはわかるがでもどうしようもできないという状態だった。忙しさのあまり、不穏な心もいつの間にか麻痺してしまっていた。

今落ち着いて考えると、大事なことは、その子をありのまま受け入れることができる周りの心の環境整備と多くの情報を伝えることだと思う。

 

親の不安から、先生や医者の言うことを鵜呑みにして、受け入れてしまっている。

不安はどこからくるのか?自分が正しいと思う知識を自分で探していく力を持ち合わせていなく、周りと合わせることばかりを重要視して自分で考えることを放棄してしまっていたりする場合なのかなとも思う。

 

発達障がいは脳の個性、治すべきものではないという見方をしている医者もいるし、誰一人取り残さない学校を提唱している先生たちもいる。

要は、安易に、薬を処方している人や薬を勧める人たちは、その方法しか知らないし、情報が少ないため、不自然に思わないのである。

多分、自分と同じ感覚の人以外は排除したり、付き合わなかったり、狭い社会で生きているのかもしれない。

 

日本以外で生活をしてみると、本当に多様性というものが感覚でわかる。

日本は、良いこと悪いことをルール化している部分が多く、本来の自己発生していくモラル認識が均一化されすぎではないのかなと思う。

マスク警察とかいい例だよね。マスクが自由化された時にも、政府にどちらか決めてって怒っている人たち。

自分で判断していく力を放棄してしまっているのかな。

こういう人が多くなってくると、自由な行動を大切にしたい人種が生きづらさを抱えてしまっているのかな。

 

 

以下、私の過去の体験。

 

 

6年前、離婚して宮崎にいた私は、体が動かなくなってしまって実家に戻ってきた。

いつも頑張って、色んなことをこなしていた人生だった。

無理をしている自分にも気づかず、助けを求めることもできず、一人で頑張って子育てをしていた時、ある日倒れこんでしまい、もう何もやりたくないと泣き続ける状態だった。

 

6歳の時に、利き手が左から右へと強制的に変えさせられた。

アトピーも繊細な感覚を無くして、鈍感にしたら治った。

ずっと、本当の自分を偽って、強く虚勢を張って生きることで、生きてきた。

だから、誰かにきついことを言っても、自分がされてきた同等のことだから、当たり前のように人にしてしまう。

だって、私乗り越えてきたから、、、、、、 繊細で弱い私だと、、誰も十分にケアをしてくれなかったから、、、、、

 

これって、なんの意識かっていうと、戦後の日本をがむしゃらに頑張ってきた意識をずっと受け継いできたのかなって思う。

できないなんて言っていたら、次の日生きることもできない。

とにかく毎日、余裕もなく生きてきた生き方をそのまま軸にしてしまっていた。

だから、自分の中の満たされた感情を知ることもなく、コップが満たされていないまま、マザーテレサの家に行ってボランティアをしたりしてきた。

貧しい国を助けなきゃ、そんな正義感を持って出かけたけれど、

結局、人の価値観はその人次第。

ストリートチルドレンの子を見て家がないなんて可哀想だって思っていたけれど、純粋無垢な笑顔に出会った時、目がとってもキラキラと輝いていた。国が豊かになっても、学校、塾、と忙しそうにしている子どもの目は、どこか悲しげそうにしている子もいる。

その人の幸せ度は、他人が決めるものではない、誰かを可哀想に思う自分の心はとても傲慢なように思った。

 

 

次回に続く、、、、