「あけまして、おめでとうございます…」という挨拶がありますように、本当に久〜しぶりのブログになります。滝汗

そもそも私は新年の挨拶で「あけましておめでとうございます。」という言葉に躊躇してしまう。

なかなか鈍感な私も勿論ですが、ついつい新年に会う方が昨年、親族に不幸があったことを忘れてしまうことがある。

過去に失言をし失礼なことをしてしまったと後悔したことがあった。

新年、明けたら唐突に「本年もよろしくお願い致します。」が無難で失礼にならない挨拶と定着しています。ウインク

そんな感じで…平成に多忙な著名人として有名だった、小室哲哉、つんく、秋元康といった名前で表現をすることが多く、まさに秋元康の様に多忙な毎日でした。チーン

現職の不規則な勤務以外に…月曜日、火曜日、木曜日、金曜日、日曜日、勤務後や休みにフットサルスクール。

他、夜勤明けや休みには放課後等デイサービスで、児童発達管理責任者としての仕事(副業)の他、NPO法人の代表理事でもあるため、その活動…。ゲッソリ

現職もあるが、自分の中で唯一空いている「OFF」と言われる日が勤務後に空いている時間がある、水曜日のみ。

しかし、水曜日は色々な人と会う時間に当てることが多い。

頭痛が多い、私は…以外に忙しく自分の好きなことをしている「今」を楽しんで、また充実しているからか、頭痛が少なく感じる。デレデレ


この1年半で人に会って名刺交換した数…やはり、人の繋がりは大切である。

色々な方にパワーをいただき、また無知な自分を成長させる。

人との付き合い方は、誰しもが自分自身と合う訳ではない。

それは人からの情報ではなく、自分自身が感じた人付き合いをすれば良いと思います。ウインク

そんな私は…勿論、以前に比べて睡眠時間も少なくなった。

現職後のスクール指導などが終わり、息子のフットサル練習終わりに合わせ、駅まで迎えに行く。

結局、布団に入るのが…25時を過ぎる。

でも、その睡眠時間が慣れてしまっている。

人は睡眠時間が少ないと感じると、いざ「OFF」になったら、沢山寝よう!と「寝溜め」したくなる。

しかし、寝溜めって身体のバランスを崩すきっかけになるらしいです。ゲッソリ

普段、5〜6時間しか寝てない…じゃあ、休みだから10時間寝よう!なんて考えると、結局、海外旅行などに行くと経験する「時差ボケ」の感覚になり、睡眠障害を起こすらしいです。ポーン

それでも、どうしても寝たい!という方にオススメなのは…OFFでも、いつもと同じ時間に起床、就寝し睡眠時間も大きくは変えない。

そうは言っても眠くて仕方ないという方は、昼寝を15分〜20分すると良いみたいです。

昼の睡眠(昼寝)は夜間の睡眠時間の2〜3時間分が15〜20分に値すると言われています。

そんなほのぼのを皆さんにお届けします。デレデレ


その中学時代の女性同級生に娘の体育祭で話しかけられて…

意外と男は名前が変わることがないから、似てる…もしかして…と思ったら、名前や当時の呼び方で話しかけるが…女性は結婚してるかも知れないし、名前も変わってる?かも知れないし、似てる人で間違えたら、どうしよう…と躊躇してしまう。チーン

そんな中、彼女から話し掛けて来た。

しかも…「◯◯だよね…あの時は本当に色々とありがとう!何度も死のうと思ったから…。」と涙を流しながら…ポーン

周りの目も気にしながら…恥じらう私は「何の事だっけ?」と、トボけてみた。デレデレ

結局、我々は中学卒業までも、同級生の半数以上からの総スカンだったなぁ…

私は、どうでも良いんだけど、彼女の中学時代は一生残る傷だと思う。

イジメの原因は彼女なのか、周りの人間かは不明だが…絶対に味方がいないと、消えてしまいそうだった。

最近、芸能界でも元アイドルが重大な交通違反を犯したり、大女優の息子が何度も薬物使用で検挙されたり…周りの友達や知人がどこまで守るかは別だし、守るべきではないと思うが、どんなに重大な犯罪を犯しても、やはり最終的には「家族」の救いが大切だと思う。ウインク

小学生から高校生と若い年齢に夏休み明けの前後に「自殺者」が多いというデーターがある。

若い頃は一度は「死にたい」と感じることが誰しもあるような気がしますが…私は恥ずかしながら、つい数年前迄、何度も自ら命を絶とうと思った。真顔

生きていても疲れてる…もう辛い…って。


でも…生きていれば、最低を経験?したなら、それ以下は無いし、上に上がるだけ。

何が起こるかわからない。

こんな私にも「家族」が守ってくれた。デレデレ

人生、嫌な事も沢山あるが、良いことも沢山ある。

それを信じて、また、2020年…2070年と生き延びたい。

しかし、自分の「死期」を考えるならば…恐らく、事件・事故に巻き込まれて最後を迎えるような気がする。

人のためになれるなら、それが本望かなぁ…とほのぼのと考えました。ウインク





ご無沙汰の投稿です。ウインク

いきなり、タイトルが奇抜ですが…
そのことについて深く伝えます。

このブログは2020年、私の誕生日か「X」デーに終了致します。

意味深?ですが「X」デーとは、私の父親の命日「11月11日」になります。

私の父親は、50歳という若さで事故で他界しました。

そう…その時、私は25歳。

私は自営業を営んでいた父親を継ぐこともなく一般企業に勤めていたので、廃業手続きや従業員の次の仕事の手配などに数ヶ月追われました。

私は長男なんです。真顔

色々と家庭の事情で小学生の6年間は施設で過ごしたので、当時は両親の愛情を感じなかったし、好きではなかった。チーン

25歳の時に父親と別れると、色々な逸話やありがたみを感じるようになる。

2020年は、私自身が「50歳」になります。

父親が亡くなった年齢…東京オリンピック…なんだか、色々な意味のある年になりそうです。


しかし、その歳(年)を迎える迄、自分は生きているか…父親は、まだ生きたかったに違いない…まだ寿命があったならば父親は、何を希望に生きていたか…色々な事を感じる。

というタイトルに意味がありました。ウインク

それに繋がるように…先日、中学生の娘の体育祭で中学時代の女性の同級生に25年振りに会いました。

私の卒業した中学に娘が通っていますので、学校の行事があると、まだ地元にいる同級生にはバッタリ会います。ニヤニヤ

その当時…私のクラスは男女仲良く、毎日が凄く楽しかった。

しかし、ある日を機に仲良し女子チームが、一人の女子を仲間外れ、イジメに展望したのです。

私は凄く悲しくなり、イジメられている側の女子に沢山、話しかけたり、沢山擁護したり…
逆にイジメる側を「なんで、そんな事を言うのか?…するのか?」と叱責してました。

たちまち、その私の言動が様々な人に反感を買うようになりました。滝汗

私も無視されたり…学校に行くのが嫌だったなぁ…でも、その彼女の方がもっと嫌だったんだろう…ゲッソリ