以前にも投稿したが…私は15年ほど前に死んでいた。チーン

神様に命をもらい、生かされている…生きたくても生きられない人も大勢いたに違いない。

私は父を25歳の時に亡くした。

父は50歳。

まだまだ生きたかったに違いない…事故死だった。

生きていても身体が不自由で自分のやりたい事を諦めなくてはならない人って物凄くいると思う。

私は普段から時間単位で動いている。

「時間が無いから出来なかった…。」「時間が無いから行けなかった…。」そんな理由はあまり言いたくなかった。

私は奇跡的に呼吸をして二本足で歩き、両手で物を運べる。

ならば、自分の残りの人生、暇な時間を作らず、出来ること、やりたい事、行きたい場所、顔を出せる場所…を可能な限り実行している。

昔の小室哲哉や秋元康のように分単位のスケジュール。

しかしながら、生かされている特典だけではなく、衰えや後遺症もある。滝汗


苦手というか…体力的に辛いのは、ショッピングモールや大きなスーパーでの「買物」滝汗

興味深く、周りを必要以上にキョロキョロとしてしまう…その左右に大きく首を動かすことは致命的。

勿論、縦に首を振る…空を見上げる…電球の交換なんて無理だ。

そんな中でもパラアスリートとの関わりが多くある為、冒頭にも書かれているが、生かされている以上、食らいついてチャレンジしたいという気持ちは強い。

偶然にも昔、ほんの少しだけやったセパタクローに再会した。

みなさんセパタクローってわかりますか?

東南アジア発祥のスポーツで足で行うバレーボールのような物。真顔

指導されるコーチの皆さんと一緒にレッスンを受ける仲間とセパタクローをすると、ほのぼのとして凄く楽しい。

娘まで興味を持ち出した。デレデレ


しかし…私はもうすぐ50歳。

そう、父が亡くなった年齢になります。

気持ちや想像とは異なり、身体が動かない…脳幹出血の後遺症で、首を縦に動かし頭上を上がる球を見上げると焦点が合わず、ボヤけて目が回り、嘔気がしてしまう。

そんな状況をごまかしながらレッスンを受けた。

しかし、それは一緒にやっている仲間やコーチ陣に大変失礼なことなんだと思うようになった。

大会が近いのに練習に行けない…空いた時間に夜でも30分ほど公園などで自主トレをしていたが…ボールを見上げては嘔吐。

やっぱり、タイトなスケジュールもあってか身体が疲れているようだ。

結局、バレーボール、バスケットボール…などもダメなんだろう…。

色々と頑張っている方々に迷惑をかけてしまう…いくら練習しても上手にならず身の程知り、体調崩すだけなら…悲しいけど、好きなセパタクローは止める決断をしました。笑い泣き

しかし、お世話になったので、このスポーツを微力ながら広めて普及出来るように動きたいと思う。


脳幹出血の手術は…あまり例が無く、殆どの患者は亡くなります。

私の場合は素晴らしい医師に恵まれ、神経が通う延髄にメスを入れるのをご法度とされるが、第二頚椎を外して脳幹の血管腫を取り除いてもらえ…半年の歩行リハビリを経て奇跡的に生かされている。

こんな私でも生きていますので、チャレンジすることを忘れないで下さい。

アントニオ猪木の「元気があれば何でも出来る!」という名言がありますが、「生きていれば何でも出来る!」のです。

と、ほのぼのと感じました。ウインク