おはようございまーす!
さこぴです![]()
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今年に入ってからの私を振り返ると、
感情を取り扱う
という作業を主にやってきていました
私の好きな「ナリ心理学」の表現をお借りすると
クソノート、をたくさん書きました
これは、
文句や愚痴など、思ったこと感じたことを
そのままに
どんなことでも、人に見せられないような感情や言葉でも
とにかく書くことで発散させていくためのノートです
その取り組みをしていく中で
もしかしてこう言うことかも!
と思ったことがあったので
今日はそのことについて私の考えを書いていこうと思います
その前に!
私はナリ心理学が好きで、
ナリ心理学の講座を受講してきたし
これからもナリ心理学での学びについて色々書いていくけれど
ナリ心理学の人(認定がある人やアドバイザーさん)ではありません
発言に関してはなるべく誤用や間違いのないよう心がけていますが
間違っていることもあるかもしれません
また、ナリ心理学のことについて質問や相談に乗ることができませんので
ご了承ください
このブログについての感想は大歓迎です![]()
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では、話を戻しまーす
私は、自分の感情を扱っていく中で
あー・・・
頭ではわかってんだけどなー
でも、すごく心がいっぱいいっぱいだー
もうちょっと、あと一歩できたら
多分スッキリするし
心の方が納得すると思うんだよー
ここまできてるー
でも、
もういっぱいいっぱいだ
わかる、わかるんだけど
心がついて来ない。。。
そんなことが何度も何度もありました
このまま発散させたら、何かをしたら
多分それを越えられる気がする
もう少しなんだよなあーという感覚
そしてそれは、
私をいや〜な気分にする感覚でもありました
超根性論者の私は
そういう時こそ、
自分を奮い立たせる![]()
と言う方向で進もうとして
これまでの人生をやってきました
でも、心がついて来ないんです
それにノート上でも行き詰まってるから立ち往生してるし
上手くできない自分に焦りも感じる
だから何とかしたくて、何かをしたくなる
そうしてショック状態に陥って悪循環になっていました
1月頃からひたすら感情の発散を続けて
現在5月
さすがの私も少しだけ学びました
そんなすぐに感情の処理ができるわけないでしょ!と
ついでに、
私の悲しいって言う気持ちや負債感情は
思ってる100倍くらいあるんだから
そんなすぐに片付くわけがないでしょ!も、ね
自分の感情に気づくことも
それをノートに書き起こして言語化するのも
その感情に触れようとするのも
その感情を認めて感じようとするのも
すんごいすんごい時間がかかるんだぞ!と
その時の悲しいって感情を感じ切ったら、感情は消えていくし
「悲しい」から逃げてたせいで生きづらかった現実が変わることも
体感としてわかってきたけど
それでもやっぱり、
感情を認めて、受け入れるために感じようとするのには
めちゃめちゃ時間がかかる
パッとなんてできないし
その中に怖い気持ちや、今までの損への気持ちや
事実を事実として認めて受け入れるための
心の準備をする時間が必要で、結構な労力がかかる
次のプロセスに進むには
余白が必要だわ
と思いついた時がありました
あー、心がついてきてない
心の方が進めたがってない
今はちょっと待ってくれよーって言ってる
そんな時にそのままにしておくスペースが、私には必要だ
とものすごくハッキリと思いました
それは時間であったり、
心の中に未処理のまま留めておく場所であったり、
新たなことに反応しなくていい環境であったりもします
それは、
ある種の諦めに似た気持ちのようでもありました
今の私はこれが限界
これ以上はどうにもできない
一旦保留
今までだったら
どうにかしようと、何とかしようと足掻いてきたけど
何にもできないんだから、諦めよっかな
みたいな感じです
そんな風に余白という空間に
処理ができない感情をそっと置いておくことに気づいて
今までの私になかった&足りなかったものって
余白だったんだなあ、と妙に納得していく気持ちになりました
余白という概念が私の中になかったから
「すぐに!」「早く!」「1回で!」「一気に!」「ちゃんと!」
というような根性論になってしまっていたのかもしれません
すぐに結果を求めるやり方しか知らないから、
そりゃ、めちゃめちゃ焦りまくるようになるのも当たり前でした
で、
今回「余白か!」と気づいたのは
ナリ心理学の
↑この記事や関連シリーズのことが頭にあったから
だと思います
だけど、
私の気づいた「余白」の話と
ナリ心理学のいう「余白」の話が同じじゃないかもしれないんだけど
余白がどう言うことか、というのを意識できて
その余白が自分には必要だと自分ごとにして
それは何のための余白なのか?と言うのがハッキリしたら
確かに、ナリくんの言う通り軽やかに毎日を生きていけるなあと思います
私の感情の取り扱いのことだったら、
私は負債勘定がみっちり詰まっていて
しかもずっと感情を取り扱いをして来なかったんだから
そんなすぐに上手くできるわけがない
上手くできない&すぐにできるわけもない感情を
すぐに取り除いて早く楽になりたいと思うから
一生懸命に取り組んでしまっていたけれど
そんなの無理じゃんw
諦めな諦めな
毎日を生きていたら、
いろんなことや人に反応しては感情が揺れて
被害妄想と感情とでぐっちゃぐちゃになるよ
ぐっちゃぐちゃになったら
ひとつひとつ発散したりノートしていくための
自分にプレゼントするための時間が必要だ
だけど、その時間で感情が片付くわけがない(期待しない)
その結果は諦めて
切り替えていくために自分を整えて、次いこ、次!
それに目の前の出来事や感情が処理できなかったとして、
バックヤードにはもっともっと未出荷の感情がたんまりありますから
そんなのどうでもよくない?
倉庫大好き
ただ、それらは一個ずつ処理していくしかないから
淡々とやっていくしかないよね
と言うことになるかなと思ってます
実際、
感情と向き合っていくと
いい感じにスッキリしていくのもあるし
なんか未処理と思ってたけど消えていったのもあるし
感情の取り扱いには終わりがない
実感をひしひしと感じてきます
そんな、感情を向き合う中でハッと気づいた
余白の必要性について、でしたー
