おはようございまーす!
さこぴです![]()
![]()
自分の生きづらさが母親との関係にあると知って、
母親と向き合うと言う作業をするぞ!と
前のめりで始めたのが、2019年の秋
当時の私は、子育てにママ友関係と仕事に疲れ切って
「なんでこんなにイライラするんだ!!!」
って頭の中は混乱状態でぐっちゃぐちゃ
パンパンに膨れた風船に空気を入れ続けている状態で
いつ破裂してもおかしくないような状態になっていました
今思えば、よくあれやこれややってたよなあと思う
長男年中、次男幼稚園3歳児クラス入園したてで
子供達も小さかったし、今より手一杯だったし
どうやって生きて、どうやって日々をこなしていたのか?
確実に今の自分とは別人だし別世界でした
当時の私は、母親とは絶縁状態で連絡も取っていなかったし
引っ越しをして家を建てたけれど、住所も教えていませんでした
(義母がそんな私と母の関係に心配しすぎて裏でやり取りを続けていたっていう)
それは、2015年の夏に生まれて初めて母にブチ切れて
そこから一気に全てを断つと言う
スーパー極端なことをやった結果そうなったのだけど
私と言うやつは、
ナリ心理学のブログを読んで
「そうか!母親対決をして会話をして、話せるようにならないと
母親問題が終わらないんだ!」
とすっかり誤解をした人間の1人なのであります![]()
リブログ先の内容
母親と向き合うとは、母親と本音で話し合うことではないよ
母親と話すことと思い込んでいる人が多いけど違うよ
に私はバッチリ当てはまっていました
じゃあ、なんで私はそう思い込んだのか?
と言うのは、私の母親理解の中で一番難しかった部分で
↑リブログ記事の中でも書かれているこの部分!
この部分を私は理解することができなかったのでした
要するに
母親をまとも扱い・人間扱いしている
母親に期待している
と言うことでもあるんだけど
当時の私は「会話のできない人がいる」と言うことも
「自分の親が会話ができない人だ」と言うことも
「自分だって会話ができない人だ」と言うことも
まーーーーーーーーったく理解ができなかったので
今まで自分が母親とやってきたことは
「普通の」「まともな」会話だと思っていたし
まさか母の言ってることが「トンデモ」で
本当におかしすぎるゴミ発言でしかなかったなんて思っていなかったので
話をすればわかる
母の話を聞いたらわかる
私が工夫して話せば、さすがのお母さんも話が通じるだろう
(この時点で全く通じない人なのに、気づかないんだよなあ)
いつか、お母さんにもわかってもらえるだろう![]()
![]()
と、
勝手に期待に胸を膨らませる方向に私は考えてしまったのでした
当時の私にとって母親は、
間違いのない人で
怒らせると怖い人で
でもすごくまともな人、だったのです
そんな風に母がすごい人扱いだったので
対極にいる私がものすごく悪い人で、何もかも間違っている人扱いをしていて
常に罪悪感でいっぱいでした
そんなだから母親をまとも扱いするのをやめる、と言うのが
本当に本当に難しくて
ものすごく時間がかかりました
まさか、自分の母親が話のできない人だったなんて
その事実を認めることがすっごい難しかったです
あとは、
ナリ心理学に出会う前に母親にブチ切れて絶縁状態になっていて
その時の私の心理状態は、
それはそれは罪悪感でぺちゃんこに潰されてしまいそうでした
きっと母親にブチ切れることができたら
そこでスッキリしたりして、
母親と本当に疎遠になれる人もいるんだと思いますが
当時の私は
「どどどどうしよう」
「私なんてことをしてしまったんだ」
「私って何て悪い人間なんだ」
と、何一つスッキリなんてすることがなく
母親にブチ切れたことで、
余計に不安な気持ちが大きなままで何年も過ごしていました
だから、そんな私にとって
母親と向き合う、は、母親と会話すればいい、分かり合えれば良い
と言う都合のいい誤読でしかありませんでした
こんな罪悪感を抱えたまま生きるのはキツい
母と分かりあうことに力を入れることで、早く楽になりたい!
もうこれ以上無理だー!!!
そんなパツンパツンな精神状態で
「母を拒絶して絶縁状態になってる親不孝者の悪い娘」
を一刻も早く解消したかったんだと思います
ナリ心理学のブログを読んで、
母親と向き合うことについて読んで、
ほとんど準備もしないまま
結構早い段階で私は実家に突撃をしました
会話をすれば、母から昔の出来事をインタビューすれば
母と分かりあうことができたら
母親のことを私が理解すれば(この理解の意味もしっかり履き違えてましたが)
この生きづらさ、子供達へのイライラが解消されるんだ
そういう「今から逃げたい」「楽になりたい」一心で
当時の私は母親と向き合う作業にあたっていました
一言で言えば
助けて!
だったな
もうこの際何でもするから、助けてー!
って感じだったから、
表面的なことしか受け取れなかったし
当時の私は、誤読するしかなかったんだよね![]()
母親と向き合うこと、
あとは母親と実際会話したりした結果わかったのは
うちの母親と会話は無理
うちの母親に会話は無理
エセ謝罪、エセ感謝、エセ肯定をするのは
母親の方ではなく、私の方でしかないし
そんなことしてまで母親に会う必要ないな
母がすっかり認知症になったら考えようかな
(一生ならないかもしれない)
と言うことだったのでした
