おはようございまーす

さこぴですニコニコ

 

 

 

 

自分の今までの人生や、

今の自分が今の自分である理由や

この現実がこうなっているのかを知るって

スルッとはいかないもんだ

スルッと行きたいし、行って欲しいものだけどね!

 

 

今の私は、大分自分の過去や自分の成り立ちが

わかるようになって来たけれど

それも、心理学の知識を学んで少しずつだけど行動をしたからだと思う

 

私は中々自分の過去を見ることができなくて

何で自分がこうなってるのか見つめられなくて

スルスルっとは行かなかったけど

 

それでもやっぱり、

心理学に出会って、知識を学んで

自分の心が絡まっているのを少しずつほどく

と言う作業の積み重ねは

確実に私を少しずつ生きやすくしてくれた

 

 

 

 

今、自分自身を振り返った時に

私が1番引っ張られていたものは

恐怖感」だった

 

常に怖くて、不安

急かされているような、責められているような

重い重い罪悪感でいっぱい

 

 

まさかそれが、

ぜーーーんぶ自分の母親との関係から来ているなんて

思ってもみなくて、

 

母との関係が良くないのは気付いていても、

私が悪いんだと信じていたから

誰も責めていないのに、私自身がずっと自分を責め続けてきてしまった

 

 

怖くてたまらない自分さえも責めて

怖過ぎるから「怖くない!私は怖くなんかない!」と

怖いと感じる自分すら否定して

どんどん自分の感情を否定したり、なかったものにして

鈍感に鈍感にしていくことに一生懸命だった

 

 

だから私の人生は大分めちゃくちゃで、

変なことばっかりやっては騒ぎ続け、

自分で自分を偽るから、

私って何だろう?っていうのを40歳になった今

本気で思うようなことになっている

 

 

犬しっぽ犬からだ犬からだ犬からだ犬からだ犬からだ犬からだ犬あたま

 

 

そんな私の中にある「恐怖感

私が今学びを進めているナリ心理学では、

恐怖は明確にすると減る

不安は明確にすると小さくなる

と考えられている

 

恐怖や不安は、曖昧で不明確だから大きいままなんだよ、と

 

そこで私は自分の中にある恐怖感について

何度もノートをしたり、母との関係を見つめる中で

私の恐怖感の元が母から来ていることがわかった

 

このブログでも「母が怖い」と何回も書いたくらい、

私は母のことが怖いんだ

 

 

ただ、そこからが中々進まない

母の言ったこと、やったことが怖い?

頭の中が、母から言われて来たことや

母から受け継いだ価値観や考え方でいっぱいだから怖い?

 

中々明確にならなかった

 

 

 

昨日もしつこくノートをしてみたんだ

 

そうしたら、

母から見放されるのが怖い

母に捨てられるのが怖い

母に見てもらえないのが怖い

 

あんたなんかいらない!ってされるのが怖い

って出て来たんだ

見捨てられ不安っていうやつだよね

 

 

そうなったらどうなっちゃうの?

とノートを進めて行ったら

嫌な気持ちでいっぱいだ、自分がなくなるみたいでおかしくなりそう

胸が締め付けられる、首の辺りがグッと苦しくなる

(首がグッとなるのはヒステリー球っていうそうです)

 

心が痛くてイヤー!!ってなって

悲しいし、ムカつくし、全否定されている感じだ!!

 

と、そんな風に出て来たんだけど、

昨日の私は書きながら

それって、ただの私の気分じゃない?

と、少しずつ嫌な気持ちから離れていく感じで

 

 

これは・・・チャンスニヤ

とニヤリと思った私がいたから

そこからまた色々書いて行った

 

 

母に見捨てられて母にもう見てもらえない時

他の人に呆れられて去られた時

他の人たちにも自分は見てもらえなくて

興味も持ってもらえなくて、バカにされて

見放されて、嫌われて、相手にしてもらえない

そう言う気持ちになってしまった時

このシチュエーションは「私がそう感じた」という妄想でもOKにしたよ

 

私は何がそんなにイヤなんだ???

 

 

ついに出て来たのが

それが私の価値だと私が受け取って、それを信じてしまうこと

だった

 

あんたなんかいらない

邪魔だ

どっか行け

 

って言われているような気持ちになって

それが私の存在価値を下げるもののような気持ちになっていたんだ

 

 

きっと、私は子供の時から母の態度や言動で

どんどん私は自分の価値が下がる感覚を味わっていたんだ

 

私っていう人間の価値がなくなっていく

価値のない私は、いらないんだ

 

母の日々の生き方や、私に対する態度が

私の価値を決めてしまうものだと思い込んでしまっていたんだね

 

 

それが、他の人との関係の中でも再現されて

私は、自分の価値は他者からの評価で決まる

とすっかり信じ込んでしまっていたんだ

 

 

しかも私の他者への見方は、『母=私で1番みたくなかったやつ』おはようございます!さこぴです   私は、ナリ心理学のブログを読んで自分の母親問題を解決したいと思って取り組んでいるんだけど 母親と向き合うことから逃げて逃げ…リンクameblo.jp

 

 

先日の記事にも書いたのだけど

「みんな私をいじめる人」だし

 

人を見上げるクセもあったから

私という人間の価値がどんどんなくなっていく感覚になる

私はそれがずっと怖かったんだ

というのが、私の中でやっとハマったのでした

 

 

本当は人間の存在価値は下がることもないし

全員一緒なんだけど

 

私はその価値を決めるのは他者なんだ、と

他の誰にも変えることも決めることもできない価値の評価を

全部自分以外に譲ってしまっていただけだったのが

ようやく腑に落ちてスッキリとした気持ちになっていった

 

 

私の恐怖感の中身は、

自分の価値がなくなっていって、私がないものとされるような錯覚

だった

そう、錯覚

 

 

別に他者がどうであっても、

母がどう思おうが、何をしようが

私の存在価値はずっと何一つ変わっていなかったんだ

 

 

 

 

ナリ心理学のブログには、この仕組みも知識も既に

何度も何度もたーーーくさん載っているんだけどタラー

 

ここに辿り着くまでには、

自分の過去がどうなってて、私が何でこうなっててを紐解いて、

それぞれの仕組みに対する知識を自分に当てはめてまた解読して

が必要で

 

私の場合は全くスルッとは行かなさすぎて汗うさぎ

かなり騒いで騒いで遠回りばかり選んできたなあと思う

 

 

 

きっとこれからも、私の歩みはスルッといかなくて

人よりものんびりとしか進んで行けなさそうだ昇天

他の人の1歩が、私の5歩くらいかもしれない

 

錯覚とはいえ、たくさん自分への価値評価を下げまくって来ての今なんだから

自分への誤解を解くのにもまだまだかかりそうだし

これまでの考え方のクセで、うっかり下がった気分にもなるだろうな

 

 

それでもいい

 

ナリ心理学を学んで得た今1番好きな自分への見方は

それでもいい」だ

きっとまだまだ怖いし不安だし、錯覚にやられそうになることもあるけど

そんな私でもいいって、自分が1番に思えたら

それでいいかな

 

 

本日の恐怖をもっと明確にしてみた、でした!現場からは以上です