愛なき世界 | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

 

 

 

(あらすじ)※Amazonより

恋のライバルが人間だとは限らない!

 

恋のライバルは草でした(マジ)。

洋食屋の見習い・藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々…

個性の強い大学の仲間たちがひしめき合い、植物と人間たちが豊かに交差する―

本村さんに恋をして、どんどん植物の世界に分け入る藤丸青年。小さな生きものたちの姿に、人間の心の不思議もあふれ出し…

人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?

道端の草も人間も、必死に生きている。世界の隅っこが輝きだす傑作長篇。

風変りな理系の人々とお料理男子が紡ぐ、美味しくて温かな青春小説。

 

※記事の序盤からネタバレします・

 

◆◇

 

2019年第16回本屋大賞7位の作品である。

(ちなみに同回の大賞受賞作品は私の中では問題作の「そして、バトンは渡された」・・

これが大賞とって、しをんちゃんのこの作品が7位・・・。いやまあ皆まで言うな。本屋大賞の意義は違うところにある!とここ最近思うようになったからいいの。後日また記事にします。)

 

ここから結構内容に触れていきます。ご注意ください。

 

 

それはさておき、しをんちゃんはこういうオタク系の話を書かせたら天下一品。植物学研究とか一見小難しそうな話なのに、それを男女の青春物語と成長物語に絡ませてすごく面白く読ませる。

研究の世界を扱いながらもその世界をライトに描き、乱暴にカテゴライズするならば、同じくしをんちゃんの『舟を編む』に似た感じと言ってもいいのではないかと思う。

 

さて、上下巻読み終えてまず思ったことは、主人公たち(藤丸くんと本村さん)が結ばれなくてよかった、であります。

恋物語に発展するのかと思いきや、案外そうでもなくて藤丸くんも料理人として自分の生きる道を模索したり、本村さんも研究者として懸命に探求する日々。

それぞれがそれぞれの生活を生きる中で結ばれたりなんかしたら嫌だな〜と思っていたので、結ばれなくて本当によかった。藤丸くんには申し訳ないけどさ。

この作品は終わってしまったがその後、もしかしたら藤丸くんの恋が成就する未来もあるのかもしれないが、それは私はできれば望まない未来だったりする。

藤丸くんは普通の女の子と普通に生きて、たくさんの子どもたちと幸せな結婚生活をしてほしい。本村さんはそりゃ素敵だけど、やっぱり藤丸くんのお相手じゃない気がするのよ。

以上、勝手なおばちゃんの余計なお節介でした笑

 

冒頭は藤丸くんが本村さんの姿を見て恋に落ちるところから始まるのだが、それ以降は基本的には本村さんの研究生活が描かれる。

物語のうち8割くらいがまさかの植物研究の様子!!!!

それでも全く小難しくなくて、本村さんの研究話を聞いた藤丸くんが普段全く気にもとめていなかった草花に注意を向けるようになったように、私も道端に生えている草花にふと思いを巡らせるようになるくらい、わかりやすい内容になっていた。

東大の研究室にそんな藤丸くんのような素人が出入りして顕微鏡とか覗かせて貰えるのか、というツッコミは野暮ってもんです。

途中に差し込まれるどうでもいいドタバタ(芋掘りに巻き込まれる)なども、その後描かれるう研究内容や物語の展開に絡ませていくあたりも、さすがしをんちゃんだなあと感心しきり。

 

植物が子孫を増やしていくのに、人間が結婚したり恋に落ちたりする際の「愛」という説明不能な感情は不要で、私はそういう愛のない植物をずっと研究したい、と言って藤丸くんの告白を断った本村さんは植物への愛情溢れる人であった。

じゃあそれ以外には興味ないのか、人間に対しては変人なのか、と言えばそうでもなく、ちゃんと植物学など全く知らない藤丸くん(でも疑問に思う点や理解するセンスはある)に対してもバカにした感じもなく、むしろ料理人としてのセンスの良さやそれが植物学に通じるところなどにむしろ尊敬や憧れなんぞもあって、時折漏れ聞く天才の変人エピソードなどは洋服のセンスがおかしい、くらいであとは気遣いもできる普通の(・・いやちょっとは変わってるけど)女性であった。

 

藤丸くんも本村さんも素敵なのだが、二人を取り巻く人たち(特に研究室の人たち)が本当に魅力的でみんながそれぞれ自分の目標に向かって生きている姿がなんとも言えず輝いていた。

終盤、研究室の岩間さんがちょっとしたイライラから事態が拗れる場面があるのだが、その嫉妬もよくわかるし、でもその拗れる様子が長引くのはこの小説には不要だわ、と思っていたらあっという間に解決してくれたのでそれもよかった。

 

藤丸くんが本村さんのつるっとした踵が好きで、いつまでも後ろから見ている描写が私は好きでさ〜。好きな人のパーツを愛せるってなんかすごくいい表現だなと単純に思う。

そして時々挟まれるこういう描写で、全体的に物語の描き方がポップでつい忘れがちになってしまうのだが、藤丸くんはやっぱり本気で本村さんが好きだったんだな、と改めて思うことができる。

 

昨日見ていた「イッテQ」でデヴィ夫人に若い小娘たち(出川ガールズ)が

「愛とお金、どちらを選択すべきか」

という質問を投げかけ、夫人が

「200万稼ぐ愛する男と200億の愛してない男とどっちと結婚するか、ってこと?じゃあ、あなた方はどちらを選ぶのか?」

と聞き、小娘たちは当然200万の愛する男性(好感度もありますし笑)を選んだのだが、デヴィ夫人は「みんなバカだわね」と言っていた。

ちなみに私はもちろん200億の男(ただし生理的に嫌いじゃなければ)であります!愛なんか後からいくらでも生まれる!

と思ったら夫人も同じこと(愛はなくとも尊敬と信頼があれば愛は生まれる)言ってた笑

 

・・で、何の話かと言いますれば、愛などという人間だけ?しかない厄介な感情なんぞは植物は持っておらず、いかに子孫を残すか、ただそれ一点のみでお相手を選ぶ(風に乗って、とかあるからそもそも選ぶということもない)。

その点だけに関して言えば、見方を変えれば人間より植物は賢いのかもしれないなあ、と思うのであった。

 

上記でも書いたが、本村さんの研究の様子がかなりページを割かれてそこかしこで描かれているのだが、その描写がいちいちすごくわかりやすくて面白かった。

文系まっしぐらのあもちゃんではありますが、高校時代は生物の中でも特に「遺伝」は得意なジャンルで作品内における小難しい説明にもあまり抵抗がなかった、というのもあるのかもしれないが、それはなくとも面白く読める。と思う。

本村さんがちょっとしたミスからえらいことになるのだが、なんかもう、絶対にミスしそう・・って雰囲気があるのよ、これが。

しをんちゃん、煽ってくるわ〜。

読者を不安にさせるわ〜。

この本村さんの研究のトントン拍子っぷり、絶対にこの後なんかあるでしょ・・と思わせて本当にとんでもないミスをしてしまう様式美が素晴らしい笑

本当にとんでもなく初歩的なミスなのだが、いやいやありえないでしょ、とか私は思わなかったな。こういうくだらないミスってやっちゃうのよ。私は多分性格的にやらないと思うけど、でもやっちゃうのよ、それはすごくわかる。一度きりの・・とかならミスなんかしないんだろうけど、それがルーティンとか研究がもう生活に根付いていると、洗い物中にグラスを割っちゃう、とかそのレベルのミスなんぞいくらでも起こる。(私はグラスを割ったことなんかないけども。性格的に。)

そういういちいち起こる日常生活の描写や人物の感情の描写もとてもよかった。

 

小さなタネ(顕微鏡で見ないと見えないような)を1つ1つ採取しているうちに頭がバグってしまった本村さんが、お弁当から溢れでた胡麻の粒を見て

「コンタミ!」(=異物混入)

と叫んでしまう場面では、思わず動物のお医者さんを思い出しました。

(あ、そういう点では動物のお医者さんにもこの作品はちょっと似ている。ちょっとだけ・・)

研究室の仲間から「本村さん、あれは胡麻よ、落ち着いて」と宥められていたのもウケた笑

 

ただ1つ!

これはしをんちゃんへの要望というより、出版社?印刷屋?さんへの要望なのだが、上下巻の最後に掲載されている、作品内に出てくる研究描写に使われる単語の説明や、道具や研究室の説明図、これはできれば最初か途中に挟んでもらえるとありがたい・・・

巻末に載ってるなんて知らないから、わからない単語や道具についてはいちいちスマホで調べました。

(それでも大体は作品内で説明してくれているからわかるのだが、道具なんかは念の為大きさや形は把握しておきたい)

 

愛なき世界、というタイトルでありながら、誰よりも植物を愛する本村さん、それぞれの研究対象を愛する研究室の人たち、そして彼らの周りにいる各自の人生や人たちを愛してやまない人たちの、愛の溢れる作品であった。