火定
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(あらすじ)※Amazonより
パンデミックによって浮かび上がる、人間の光と闇。
これほどの絶望に、人は立ち向かえるのか。
※話の結末にちょっと触れます。
時は天平、若き官人である蜂田名代は、光明皇后の兄・藤原四子(武智麻呂、房前、宇合、麻呂)によって設立された施薬院の仕事に嫌気が差していた。
ある日、同輩に連れられて出かけた新羅到来物の市で、房前の家令・猪名部諸男に出会う。施薬院への悪態をつき、医師への憎しみをあらわにする諸男に対して反感を持つ名代だったが、高熱に倒れた遣新羅使の男の面倒をみると連れ帰った行為に興味も抱く。
そんな中、施薬院では、ひどい高熱が数日続いたあと、突如熱が下がるという不思議な病が次々と発生。医師である綱手は首をかしげるが、施薬院から早く逃げ出したい名代は気にも留めない。だが、それこそが都を阿鼻叫喚の事態へと陥らせた、“疫神" 豌豆瘡(天然痘)の前兆だったのだ。
病の蔓延を食い止めようとする医師たちと、偽りの神を祀り上げて混乱に乗じる者たち――。疫病の流行、政治・医療不信、偽神による詐欺……絶望的な状況で露わになる人間の「業」を圧倒的筆力で描き切った歴史長編。
時は天平。藤原四兄弟をはじめ、寧楽の人々を死に至らしめた天然痘。疫病の蔓延を食い止めようとする医師たちと、偽りの神を祀り上げて混乱に乗じる者たち―。生と死の狭間で繰り広げられる壮大な人間絵巻。
◇◆
※正しくは「奈良時代」と書くべきところを「平安時代」と書いていたので訂正します。(2020.3.22訂正)
第158回直木賞候補作である。
前回の直木賞候補作『若冲』に比べて、随分成長したものだ・・と母のような気持ちになった。
・・って澤田さん、私より3つ下のようなのですが笑。
こんなに人って成長するのか、ってくらい成長著しく、この作品が直木賞獲っても全くおかしくはなかった。異論はない。あとは単なる好み、というだけ。
(第158回直木賞受賞作は『銀河鉄道の父』でした。)
あらすじをざっくり言うと、平安時代奈良時代の医療物語、である。
平安時代奈良時代の医師たちの日常のたわいない揉め事や政治的な話からなんとなく始まるのだが、そこへ天然痘というおそろしい病気が京都にはいってきたことで場面は一転、都を阿鼻叫喚の事態へと陥らせる。
この天然痘のパンデミックに立ち向かう医者たちの奮闘ぶり、また都の阿鼻叫喚っぷりをじっくりと腰を据えて書き付けている。
そういう物語である。
人々を狂わせ、地獄に落とすこの「天然痘」という病気について思わず調べちゃったね。天然痘、おそろしや。
※現在は、研究施設等は別として、地球上からは消滅しているそうです〜。ホッ。
この小説のよかったところは、あまり馴染みのない平安時代奈良時代についてじっくり書けているところである。
よく知らなかった世界と時代だが、私なりに京都の町や医療施設について思い描くことができた。平安時代奈良時代を舞台にして時代小説ってあまりないのではなかろうか。
(私の脳内に描いた世界が全体的に芥川龍之介の「羅生門」っぽくなっちゃったのは否めないが・・笑)
病気を逆手にとってしたたかに生きる人もいれば、病気をひたすら怖れて人間世界から遠ざかる人、やみくもに宗教やなにやに飛びつく人、人生をはかなんで狂ってしまう人、そしてそんな人たちを必死に救おうとした人・・
姿の見えない恐怖に向き合わざるを得ない人間のあらゆる面を表現した作品であった。
子どもを押し込めるところは哀しかったけど、他にやりようはなかったのかしら・・と今でも疑問には思う。
病原菌を持っているかもしれない可能性がある子どもたちを、違う施設に隔離しておくだけ、ってことがそんなに難しいのかなあ・・
(作品内では全く言うことを聞かない遊びたい盛りの子どもたちを家にずっと居させることは不可能だから・・みたいな理由だったが・・)
病気になっている人たちを医療施設で治療して、可能性があるかも、レベルの子どもを蔵に押し込めて一緒に殺しちゃう・・ううーむ・・イマイチ納得が・・
でも子どもたちが亡くなった様子は凄惨過ぎて、よくこんなに描けたなあ・・と読みながら一人澤田さんの苦労を労った。
見えない病気“疫神(天然痘)”への恐怖にかられた人々が、怒りを誰にぶつけるべきか正常な判断ができないまま段々と暴徒と化していくさまは、恐怖でしかない。
病気について正しい知識がないからなあ・・とかそういう問題ではない。
今だって暴徒とまではいかないにしろ、誤った情報で右往左往することは多々ある。
阪神淡路大震災の時だって、東日本大震災のときだって、情報が乱れ飛び、全然震災と関係ない地方の人まで電池を買い漁ったり、色々なものがなくなったり、そして泥棒が多発したり・・
この平安時代奈良時代の様子と全然変わらないじゃないか。
そういう恐怖すらも私たちに見せてくれる作品となった。
ただ作品に出てくる人物にちょっともの申したい人がいた。
猪名部諸男という、もとは優秀な医者だったのだがその優秀さゆえに他の医者の嫉妬からワナに陥れられて、人生転落し、そこから悪者に変わるのだが、最後、やはり悪者になれない、というまでのストーリーがとても単純で〜・・いやいや水戸黄門的でいいんだけどさ。
そこはなんといいますか、悪役フェチの私としてはもう少し悪者期間の際は悪役ぶりを表現しててほしかったです・・
あとは主人公の蜂田名代という医者見習いが働く施薬院で、患者のために誠心誠意尽くす綱手というお医者様について、ちゃきちゃきした、細かいことは全く気にしない、とにかく患者ひとすじの優しいおじちゃん先生という感じで描かれていたのだが、後半、この名代が、急にこのおじちゃん先生について分析するシーンがある。
学歴コンプレックスを抱えている、的なことや
顔面コンプレックス(過去に天然痘を患った)を抱えている、という感じのことを分析し、でもそれも人間、そういうこともあるよね。
みたいな。
・・・勝手に想像して、勝手に納得しちゃった。
なぜ、急にそれを入れた?
学歴コンプレックスとか、このおじちゃんちっとも抱えてないっぽいですけど?
っていうか今までそんな感じじゃなかったじゃーん。
せめてそういうエピソード的なものがあれば納得もできたのだが、全部主人公の想像の話。
綱手先生は常に熱血であり、かつ飄々としていてほしかったのに〜。突然説明されてしまって、若干戸惑った。
ところでこの作品の結論だが、いつまでもパンデミックを起こし続ける病気はないもので、最終的にこの天然痘は終息していくのだが、その際に劇的に効くわけではないがものの、薬が登場する。
直木賞選考委員の伊集院氏が講評で、
架空の話しだとしてもそんな薬が平安時代奈良時代に存在するかどうか、のフィクションと事実のバランスがちょっと・・
的なことを言っていた。
確かに私もそこは多少気になった点ではあった。
私は恐怖にかられて途中で「天然痘」ってどんな病気なんだー!?と調べたからわかって読んでいたが、知らないままだと平安時代奈良時代に薬ができたのね〜と思っちゃうかも・・
ワクチンができたのは1800年代だそうですよ。Wikiによると。
とはいえ、本当に読み応えのある作品。
そして、外から帰ったら手洗いうがいは必ずしよう、と思ったね。
伝染病、マジこわい!!!!
インフルエンザ罹患経験2回のあもちゃん(1回は薬が全く効かず、死にかける)、本当に気をつけよう。