ふがいない僕は空を見た | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

ふがいない僕は空を見た/窪 美澄

¥1,470
Amazon.co.jp

生まれて初めての恋。
死にたくなるほどの恋。

ネタバレします。

(あらすじ) ※Amazonの紹介文に「賞」を追記。
これって性欲?
でも、それだけじゃないはず。高校一年、斉藤卓巳。
ずっと好きだったクラスメートに告白されても、
頭の中はコミケで出会った主婦、あんずのことでいっぱい。
団地で暮らす同級生、助産院をいとなむお母さん…
16歳のやりきれない思いは周りの人たちに波紋を広げ、彼らの生きかたまでも変えていく。
第8回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞受賞。
嫉妬、感傷、愛着、僕らをゆさぶる衝動をまばゆくさらけだすデビュー作。
2011年本屋大賞第2位作品。
第24回山本周五郎賞受賞。


この本は、

「ミクマリ」
「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」
「2035年のオーガズム」
「セイタカアワダチソウの空」
「花粉・受粉」

という5つの作品からなっており、
おれ(斉藤卓巳)や僕の恋人・友人・母親のあらゆる人生を描いたオムニバス作品である。

それにしても、Amazonのあらすじ、いきなり結論を書いてしまっている。
こういうあらすじはいけない。

「ずっと好きだったクラスメートに告白されても、
 頭の中はコミケで出会った主婦、あんずのことでいっぱい。」

これは「ミクマリ」のあらすじであるが、ここが間違っている。
おれの心があんずでいっぱい、だと気づいたのは、だいぶ後なのだ。

おれは生まれて初めて恋をしているのかも、と気づいたとき、
あんずで心がいっぱいになったのだ。

この恋に気づくまでは
ずっと好きだったクラスメートに告白されたから、と
遊びでつきあってるつもりだったあんずとさっさと別れなきゃ、と
冷酷に別れを切り出し、
自らあんずから離れたのだ。
自分でもびっくりするくらい、あっさりあんずを離した。
だって、単なる性欲を満たすだけのつきあいだったから。

ところが、後日、偶然ベビー服をぼんやり見ているあんずを見かける。
体の奥から全身に震えがくるような感覚に陥る。

子供ができたの?
とあんずに聞く。

その日からおれの頭の中はあんずのことでいっぱいになった。
おれは生まれて初めて恋しているのかもしれない、と気づいたのだ。

おれの恋する人に子供ができたのかもしれない。
もうおれの手の届かない人になったのかもしれない。

自分の恋心をどうにも抑えられず、
自ら冷たく手放したにもかかわらず、あんずに家に押し掛ける。

そしてまたセックス。
さすが、
女による女のためのR-18文学賞大賞受賞作。←こんな賞があるんか??とびっくり。
セックスの描写がすごく直接的で詳細で、なおかつ多い。
すごくエロい。
でもなぜか切ない。

そんな切ない性描写に、あえて文句を言うとすれば、
斉藤くん、高校生の男子のくせにテクニシャン。
どこで覚えたんだか。

それにしても若いわ、エロいわ、うまいわ、
あんずが羨ますぃ~(笑)。

そんなこんなで
くんずほぐれつの激しい恋をあんずに何度もぶつけたおれは、
想いもかけぬ別れの言葉をあんずから聞くことになる。

このあとの描写が切ない。
高校生男子のどうにもならない甘くて、子供で、純粋で。
そんなストレートな心の叫びが表現される。
私が一番好きな箇所はここ。

~引用~

 どんな感情も表さないと決めたような顔で「今までありがとう」と小さな声で言って、おれの正面に座ったあんずが頭を下げた。「行かないで」躊躇する間もなく、おれの口から言葉が出た。「いやだいやだいやだいやだ行かないで行かないで行かないで。おれを置いていかないで」。ぶざまに駄々をこねることで、あんずが行かなくてもいいことになるんじゃないかと本気で思ったのだ。おれは子どもだから。あんずはそんなおれを一瞬だけ泣きそうな顔で見て、「もうおうちに帰らないとね」とさっきよりもっと小さなかたい声で言った。(24頁)

~引用終わり~

この段落には一切、行替えがない。
突然やってきた別れに、息ができない高校生男子の心境が文字からもうかがえる。
見た目でも、読んだ心でも感じられるように設計されている。
文字のみで切なく息の詰まる空間が作られているのだ。
そして一気にまくしたてる勢いで書き上げている。

いやだいやだいやだいやだ行かないで行かないで行かないで。

男の子ってかわいい。
そんな男の子を愛おしむ女の人の心がビシビシ伝わる。
全章とおして、この斉藤卓巳くんがとても魅力的に描かれている。

「ミクマリ」ではおれ、の恋が描かれており、
次章の「世界ヲ覆フ蜘蛛ノ糸」では、あんず、の世界が描かれている。

いや~たまげた。
まさかのあんずの正体が・・・

全体的に、
登場人物が頭の悪いヤツらばかりで、こちらも 頭痛が痛い のだが ←私も馬鹿。
このあんずが史上最強にバカなのだ。
あ~私、こういう女だめだ~。
くゎ~、そこでなぜ反論しない~。
などと苦しみ悶えながら読んでいたのだが
(わたくし、基本的に、悶絶しながら小説を読みます。)

あんずも初めて斉藤くんに初めて恋をしていることに気づいたのだ。
そこに私の触覚がピコンと立った。

主婦であるあんずだったが、
夫を愛している、とか、恋している、とかそういう感覚を感じることなく、
ただ、働かなくてもいい、というだけで結婚した。
(おつむがちょっと悪いので、ろくに仕事もできない・・・)
そんなあんずの前に表れた斉藤くんはすてきだった。
優しくて、幼くて、バカで、でもいとおしかった。

斉藤くんと一緒にいたい。←斉藤くんは15歳ですよー!
一緒に暮らしたい。←何度もいいますが、斉藤くんは15歳ですよー!
離婚して斉藤くんと一緒に時を刻みたい。
もし一緒に斉藤くんと暮らせることになったら・・・と
ろくに働いた事もないのに、
パートをして、アルバイトをして、どのくらい稼いだら二人で暮らせるだろうか、と
一生懸命考えた。
そして夫に離婚を切り出した。
そこまで、そんなになるまで斉藤くんに恋をしていたのだ。

自分の足で立ったこともなかったあんずが、
斉藤くんに会い、愛を交わすことで、初めて自分の力で生きよう、と思ったのだ。
自分の悪い頭で一生懸命考えたのだ。
誰かに教えてもらったり、誰かに与えられたり、流されたり、ではなく、
私は何がしたいのか、を考えて、やれることを一生懸命考えたのだ。

あんずの話全体は気持ち悪いのだが(あんずの夫がこれまた気持ち悪い)、
ここの箇所だけは非常に好感もてた。
あんずがかわいいとさえ思った。

が~。
この頭の悪いあんずのせいで、
この後、斉藤くんは立ち直れないくらいの事件に巻き込まれるのだ。

15歳の少年には(いや、いくつであっても)、相当ヘビーな事件なのである。
これが私だったら、死ぬかも。
実際、斉藤くんは、死を口にしている。
いっそ楽になりたい。と。

あんずが好きで好きでたまらなくて、それでもどうしようもなくて、
しかもあんな事件まで引き起こして・・・

そして、斉藤くんがちょこっとつきあっていたクラスメート松永さんの話。
友人福田くんのサイドストーリー。
「福田くん」の人物設定に、この作者っていじわるだなあ、と苦笑。
福田くんは斉藤くんの友人なのだが、斉藤くんとは色々な意味で真逆なのだ。
友人とは言えないくらい、冷徹な行動をとるときもある。
甘い恋の話が続く中、唯一のスパイスの効いた物語。

そんな人物たちの話をオムニバスで語りながら、事件はどんどん大きく広がり、
一体この作品はどう収拾をつけるのかしら、と思っていたのだが、
斉藤くんのお母さん(助産婦)の登場で、一気に作品はぐっと締まる。

それはもう、とてもいいお母さんなのだ。
斉藤くんがいい子なのは、このお母さんの血なのだ。
よく泣くけど、優しくてとってもいい子。

夫が家を出て行ったときも、我が子が事件に巻き込まれたときも、
どうしていいかわからず、仕事の忙しさに逃げ込んだのだ。
15年も母親をやっていたって迷うことばかりだ。
と思い耽る母。

そんな母親が神社にいる息子を見つける。

~引用~

泣いた顔に、どろやほこりがついて真っ黒だった。私の顔をじっと見ていた卓巳が、お母さん、と私を呼んだ。幼いとき、高い熱が出たときのようなぼんやりとした瞳で言った。
「大きな声で泣いたら、赤んぼうたちが驚くからさ」 ※自宅が産院
「だいじょうぶだよ。ここなら神様しか聞いてないんだから」
 みるみるうちに卓巳の顔が歪んで、口が大きく開いていった。一瞬、ひゅーと息を吸う音がして、のどが張り裂けるような卓巳の泣き声が山の中に響きわたった。泣き続ける卓巳のそばを離れて、拝殿の前で私は手を合わせた。(略)
 神さまどうか、この子を守ってください。(230頁)

~引用終わり~

そして、作品は一気にラストへ。

性と生が結ばれる。
ベタだけど、いい終わり方だったのではないだろうか。

それにしても、出産のシーンやらがやたら細かくて、
私はお腹やらあちこちがもう痛くて痛くて。

さすがこの作者、作家になる前、
妊娠出産を主なテーマとしたフリーの編集ライターをやっていただけのことはある。


直球勝負でかきあげたこの作品はとてもおもしろい。
技術的なものも文句なし。
初々しくて、瑞々しくて、かつうまい。
古代から手あかがつくほど描かれた恋を描いているのだが、
セックス、ネット、掲示板、やら、アニメ、コスプレなどの要素も取り入れ、
古さがない。
しかもその情報は、私たちおばちゃんでも補完できるくらいの新しさ。
なに、それ?みたいな単語も出る事はない。

話の構成が少々ひねりはないが、それは全く問題なし。
むしろ読みやすいほうが、すぅっと頭に入ってくるだろう。


さてこの本を手にしたきっかけは、帯である。
本屋でこの作品の帯を読んで、うぐっとなった。

「すごい本を読んでしまった。誰にも見られないように、心の奥にひた隠しにしてきた古傷を、何気ない文章がぐいぐいとえぐる。そこだけをえぐる。触れられたら、またジクジクと疼きだしてしまうというのに!
奥歯を噛みしめ、膿を垂れ流しながら、私はページをめくる。あの痛みを忘れたままでいたいのならば、この本は読まないほうがいい。けれど私は、血を流しながらこの本を売る。この本を売って、私は本の守り人となる。」(櫻井美怜/成田本店とわだ店)


惜しいなあ。
最後の二行がとんちんかん。

本の守り人って!!
私は本の守り人となる!って!!
ぷっ。

海賊王に俺はなる! by ルフィー
みたいな?
ぷっ。

あはは。
よ~し、本の守り人とやらになった作品を読んでみようじゃないか、と
この本を手にしたのがこの作品との出会い。
・・・うーん、結果、帯の勝ちか?


それにしてもこの帯、
せっかく途中までは完璧だったのに。
古傷に触れる、
とか
誰にも見られないように、
とか。
死ぬような思いで、
何もかも捨てたり、
激しく泣いたり、
しくしく泣き続けたり、
誰かをそんな風に愛したことがある人ならば、
心の痛みを忘れたくて、
心のずーっと奥の方にその痛みの全てを隠しておく押し入れがある。

それを上手に短く、びしっとまとめた帯だったのに。
途中から急に自分に酔っちゃったんだろうなあ。
きっと夜に書いたのだろう。

私も気をつけよ・・
時々、変な文章あるもんな~。

ま、それは、
ブログタイトル「感傷的で、あまりに偏狭的な」
で告白しておりますので、お許しいただきましょう。