小銭をかぞえる | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

小銭をかぞえる (文春文庫)/西村 賢太

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激烈におもしろい。ー町田康

(あらすじ)※Amazonより
金欠、妄想、愛憎、暴力。
救いようもない最底辺男の壮絶な魂の彷徨は、悲惨を通り越し爆笑を誘う。
芥川賞作家の傑作私小説2篇。
女にもてない「私」がようやくめぐりあい、相思相愛になった女。
しかし、「私」の生来の暴言、暴力によって、
女との同棲生活は緊張をはらんだものになっていく。
金をめぐる女との掛け合いが絶妙な表題作に、
女が溺愛するぬいぐるみが悲惨な結末をむかえる「焼却炉行き赤ん坊」を併録。
新しい私小説の誕生。


これほどまでのクズ人間が、
これほどまでに己のクズっぷりを一切の虚飾無しに描けるすさまじさ。

相変わらずおもしろい。
町田康のHPを読んでてよかった。
町田康が「西村賢太を読んでいる」と書いていたことから、
西村氏の作品を手に取ったのだから。

西村賢太が芥川賞を獲る前にこの作家を知り、彼の作品を読んでいたことの喜び。
あもちゃん、ご満悦。

上記で
「一切の虚飾無しに描ける」と言ったが、別の意味では虚飾はあると思う。
出来事や思い、等は虚飾なしだろうが、
女との口喧嘩、取っ組み合い、様子等の描写について、
言葉のリズムにも気を遣っているのがわかるし、
抽出された出来事や事件も、全てではないと思われる。
この事件をピックアップして、大きく詳細に描く。
この事件は捨てておく。
その取捨選択のセンスが天才的なのだ。
いかにおもしろく書くか、そこまで考えて書いているとは思えない。
だが、おもしろい。

町田康は解説にて
「貧しい男女の悲惨で不幸な話を描き、読者に疼痛のような、
 小便を我慢しているような悲しみを感じさせながら、
 同時にひどく愉快な気持にさせる、という奇蹟。」
と書いている。

小便を我慢しているような悲しみ、がどのような悲しみかはさておいても、
悲しいのに同時に愉快という奇蹟、というのはまさにそのとおり。

悲しみ、というか、切なさ、というか、痛み、というか。
生活苦にあえぐ男女の生活に、暴力的な性格の男(西村)により、
まったく光の見えない黒い未来がたれ込める。
読むだけで陰鬱になるような話なのだが、
なぜか腹の底からふっふっと笑えてくる、この絶妙さがたまらない。

そのおもしろさの理由は、
不思議な日本語が使われている、というのが一つにあろう。
この人の日本語は、ものすごく不思議。
妙な文体なのに、くせになる。
力みなぎる文体に、読者は心を奪われる。

また、西村氏のすごいところは、
自分の妄想をわかりやすく丁寧に読者に説いてくれるところ。
そんな妄想、教えていらんて!

例えば・・

同棲する女が不妊症かもしれない、という疑いが出てくる。
それが原因で、女が以前同棲していた男と別れたのかもしれない、と推測した。
クズ人間であることを自覚している主人公は、
自分の遺伝子をこの世に残すことを忌み嫌っており、
不妊症であるならば、何の心配もなく、中*だしできるじゃーん、と
願ったり叶ったりだったのだが、、

「しかし一方ではこちらには何も告げず、ひそかにそうした検査を受けている女に対しては、妙な衝撃を伴う怒りめいたものを覚えてくる。そしてそれは私以前の男にも幾度となく、自ら望んで体*液を注ぎ込まれていたとのの想像にもつながって、たまらぬ噴出してくる。」(81頁)(*は私がネットにひっかりそうなので入れました)

やーめーてー!
想像力がたくましすぎるって。

しかもそれだけの嫉妬をし、愛を注ぐ相手なら優しくしてあげればいいのに、
暴言、暴力、挙句の果てに、女の両親に金をせびる。
自分は働くこともなく。

猫まっしぐら!ならぬクズまっしぐら!

あと、何度も出て来たこの「同棲している女」だが、
こういう男とつきあってるだけあって、バカなんだろうなあ、と思ってはいたのだが、
容姿については、そこまで悪い、と思っていなかった。
が、今回「小銭をかぞえる」でその容姿について触れられていた・・・
あまりにひどい描写にショック!!
というか、自分の彼女をここまでこきおろせるの?ということにもショック!!
ショックショック!ダブルショック!

女と池袋で待ち合わせをしていた作者。
女が来る前に、自分の前を通り過ぎた女性がひどく自分の好みであった。
こんな女性が自分の恋人だったら、としきりに盗み見しながら(中略←エロいから)
女性が立ち去った後もしばらくぼんやり彼女の後ろ姿を見ていると、
突然肩を叩かれて振り向くと、背後に私の女がにこにこ顔で立っていた。

「そういう女の出で立ちを見て、私は愕然となった。
 それは今しがた視界から消えた、あの女性の忘れがたい残像の故かも知れぬが、黄土色みたいな垢抜けないトックリセーターを着込んだ私の女は、たださえ小柄なちんちくりんのくせに、この日は足首まで隠れるような長いスカートを穿き、それが妙にノロマ気な印象になってしまっているのである。
 そして短かい前髪は大きくあげた上で、左の鬢だけ強引に耳にかけてヘアピンで止めているのだが、それがまたどうにも子供臭く、さらには肩から、ヘンなポシェットを袈裟掛けにしているさまなぞは、その三十近い実年齢を何かド忘れしていると言いたくなる程の、救いようのない野暮ったさであった。まるでむく鳥である。」(160頁)

えーっと。
突っ込みどころは数多くあれど、やっぱりここ!

「ヘンなポシェットを袈裟掛け」

・・・だっさ!!!
昭和じゃないですよ、この話。
5~6年前、頑張ってさかのぼっても10年前くらい。
平成ですよ、平成。

あ、でも、平成生まれの作品「失楽園」でも、
ヒロインがポシェットを掛けておりましたな。
シミーズとか着てたし。
エロ淳(渡辺淳一)、描写が古いんだって!

それはともかく、話はさらに変わるが、
西村賢太の作品内で、
池袋で待ち合わせ、とか滝野川のマンション、とか、よく出てくるのだが、
実は同時代に、私も西村氏の住まう場所の近くに住んでいた事があるのだ。
だから、もしかしたら、池袋で見かけた、西村氏好みの女、ってのが
私なのかも知れないのよーーーー!
あんなエロいおっさんに、エロい目でいつまでも追いかけられていたのかも!!!
もしかしたら、視*かんすらされていたのかも!!!!←下品な表現ですいません。
ギャーーーーーー!

そういう思い出は置いといて、
西村氏の、同棲している女(しかもお金やら生活やら全て女のやっかいになっている)を
ここまでよくもまあ、こき下ろせるな、と感心しきり。
むく鳥って!
ちんちくりんって!
ノロマ気って!
そんなちんちくりんのノロマ気でむく鳥のような女(と女の実家)には
300万の借金があるんですけどね、こいつ。

そりゃ、まあ、そう思っちゃったんだから仕方ないんだけどさ。
100%むき出しで、こんなにひどくかけるそのクズ神経がすごすぎる。
私小説家はこうでなきゃ・・・?
今はこの女性とは別れているらしいので、いいっちゃいいのか・・・な?

今回も西村氏のクズっぷりを思い切り堪能できました・・・。
毎作品こんな感じなのに、裏切られないだけの技術とエネルギー。
そのすごさに私は毎度感心する。

というわけで、
作品中の作者の年齢や登場人物から判断し、
時系列で作品を並べてみると、だいたいこんな感じ。

苦役列車(19歳)

けがれなき酒のへび(「暗渠の宿」に併録)

暗渠の宿

焼却炉行き赤ん坊(「小銭をかぞえる」に併録)
小銭をかぞえる
どうで死ぬ身の一踊り

落ちぶれて袖に涙のふりかかる(「苦役列車」に併録)


次は何を読もうかねえ・・。