砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet (角川文庫)/桜庭 一樹

¥500
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身も心も内蔵も、つるつるで美しい少女たち。
少女たちは、見えない何かに弾丸を打ちまくる。
甘く切ない弾丸を。

※まるまるネタバレします。

(あらすじ)※裏表紙より。
その日、兄とあたしは、必死に山を登っていた。
見つけたくない「あるもの」を見つけてしまうために。
あたし=中学生の山田なぎさは、子供という境遇に絶望し、一刻も早く社会に出て、お金という「実弾」を手にするべく、自衛官を志望していた。
そんななぎさに、都会からの転校生、海野藻屑は何かと絡んでくる。
嘘つきで残酷だが、どこか魅力的な藻屑となぎさは徐々に親しくなっていく。
だが、藻屑は日夜、父からの暴力に曝されており、ある日・・・。


やっぱり桜庭一樹っていい。
ドロドロでヌラヌラの残酷で美しい少女を描かせたらピカイチ。
私の魂にドンピシャ。

無駄に感傷的で、無駄に過剰演出的な表現も多く見られるが、
この作品(も!)、やっぱりおもしろい。

物語の組み立て方もうまい。
時間を少し過去、だいぶ過去、少し過去、だいぶ過去とが、
交互交互に組み立てられている。
しかも、過去もだいぶ過去も少しずつ前進し、ラストに衝撃的な現在、が提示される。
読者をいかに楽しませるか、がよく考えられ、練られた作品である。

デビュー当初から、彼女は楽しそうに書いてたんだなあ、という想定内の事実にも、
やっぱりそっか~、と淋しいような、嬉しいような。

『私の男』は、物語を緻密に、かつおもしろく、に重点が置かれ、
文章そのものは二の次であった。
それが功を奏して直木賞受賞!
無駄をできるだけ削ぎ落とし、迫力のある物語を押し出すことに成功している。

が。
初期の作品では、文章自体もおもしろく、凝っており、
踊るように、歌うように、歌舞くように書いている。
文章フェチの私としては別の意味でも楽しめる。

やはり桜庭一樹は、文章や言葉も好きなのだ。
(道尾くんは言葉フェチなのが、一見してよくわかる。)


この作品に登場する、美少女2人。
彼女たちはそれぞれ生き延びて行くために、乗り越えなければならない、
けれども13歳という年齢ではとてもじゃないが乗り越えられない苦難を強いられていた。
なぎさは貧困。
藻屑は虐待。

普通の学校生活と普通じゃない家の生活。

なぎさは全ての感情を捨て、冷めきった目で世界と将来を見、
藻屑は嘘に嘘を重ね、父親や友人からの愛を得ようとしていた。

そんな2人は反発し合いながらも、惹かれ合って行く。

タイトルにある「砂糖菓子の弾丸」は、
なぎさは、自分が生きて行く上で力が欲しい、金が欲しい、
すぐお金になる自衛隊に入ろう、と決めていた。
それが「実弾」。←自衛隊ともかけている。
実弾を打って、生きて行く力がほしい。

それに比べ、今、という子供時代を生きる少女たちは、
ベタベタで甘く、何の役にも立たない「砂糖菓子」の弾丸を打ちまくるだけだ。
空砲よりもややこしい。

一瞬、変わった人や変わったことばかりが出てくる物語。
自分を人魚だ、と紹介するかなり変わった少女と、
少し大人になるのが早い冷めた少女。
そしてひきこもりの無感情の神様のような兄。
虐待する親。
彼らが引き起こす事件や出来事も普通じゃない。

だが、ここにあるのは、狂気の物語ではない。
実は何もかもが普通の物語である。
心と事象がきちんと理論だてて、読者が納得できるように描かれている。
虐待と少女の心、行動、言動がつながってくる。

早く自分の力で人生を変えられる「大人」という時間を手に入れたい。
大人になればきっと世界は変わる。
そう信じて疑わなかった少女たち。
今、まさに追いつめられた少女たちは、どうすればいいのか。

そして2人は逃亡する。
逃げよう。
そうだ、逃げよう。
一種のかけおちのようなものである。

ここの少女たちの心理描写がうまいんだなあ。
いつも唐突に思考は頭におりてくる。
もうだめ。
じゃあにげよ。

少女と少女。
もちろん恋人なんかじゃない。
しかし恋人以上に結ばれた手と手。心と心。私たちともだち。

どこに逃げる、とかじゃない。
とにかくこの時間から逃げよう。
信じるものはただ一つ。
あなたと私。
ううん、信じるとか信じないとかじゃない。
ただ2人で逃げよう。

・・・うん、そんな感じ。
きゅん。 ←一人で書評を書いて、勝手にきゅんきゅんしてます。

この作品で藻屑の心が一番上手に描かれているなあ、と思った箇所は、

(藻屑は虐待されていることをなぎさにも隠していた。
 しかし痣や傷を見られてしまい、なぎさに「これはなに?」と聞かれ)

~引用~

「これはね、(略)ずっとため続けてしまった毒が体内から出てきているんだ。毒素なんだよ。人魚の皮膚は壊れやすいんだ。」
「そっか。そうなんだ・・・」
あたしが仕方なくうなずくと、納得したふりをしたあたしになぜか藻屑は少し傷ついたような顔をした。

~引用終わり~

嘘であることを触れてほしくないのも事実だが、
それを触れずに流されることも寂しい。
平たくいえば「かまってちゃん」。
自分のことに興味をもって。
自分を慰めて。
でも、同情はしないで。
でも、愛して。

あ~、めんどくせ。

でも、そんな複雑で繊細で壊れそうな心を持った藻屑。
そういう心がこの引用部分の最終一行で表されている。
ただの奇人変人じゃない。
ということもこれでよくわかる。

そんな中、うさぎがバラバラにされたり、藻屑のかわいがっていた犬がバラバラにされたり、
残酷な事件が起こりはじめる。

一体誰が?
そして私たちはどうなるの?

・・・とはいえ、時系列が前後前後している構成なので、
この物語の結論は、一番最初の頁でいきなり読者は知ることになるのだが。

私はラストの10頁あたりがすごく好き。
桜庭一樹の好きなところは、
『荒野』でもそうだったが、
私の心配する方向(いじめ)に絶対に持って行かない。
そういう方向に行くと見せかけて~・・・でも行かない。
ほんっと、桜庭一樹のそういうところが、無条件に大好き。

いじめ、カッコワルイ←ゾノで。

というわけで、ラストは幸福不幸の入り交じった大団円。
とてつもなく圧倒的な文体と世界観に、私は作品外から押し出されるかと思った。
そして、
あまりに感傷的な文章と、あまりに青臭いラスト描写に、
私は最後まできゅんきゅんしっぱなし。

そんな青臭い、まだまだこれからどんどんと伸びていく、
そんな初々しくも感傷的なラストの文章をご紹介したい。
 ※かなりネタバレします。



~引用開始~

だけど十三歳でここにいて周りには同じようなへっぽこ武器でぽこぽこへんなものを撃ちながら戦ってる兵士たちがほかにもいて、生き残った子と死んじゃった子がいたことはけして忘れないと思う。
忘れない。
(略)
藻屑は親に殺されたんだ。愛して、慕って、愛情が返ってくるのを期待していた、ほんとの親に。
この世界ではときどきそういうことが起こる。砂糖でできた弾丸では子供は世界と戦えない。
あたしの魂は、それを知っている。

~引用終わり~

私、こういう文章と世界にほんとに弱いんだよな~。
きゅんきゅん。
やっぱり桜庭一樹はどストライクであります。

ちなみにこの作品、最初はあまり売れていなかったのだが、
少しずつ話題が話題を呼びジャンルを超えて高い評価を得るようになり
未だに安定した売上げをあげている作品、だそうだ。
なんかすごくわかる・・・。