どうで死ぬ身の一踊り | 感傷的で、あまりに偏狭的な。

感傷的で、あまりに偏狭的な。

ホンヨミストあもるの現在進行形の読書の記録。時々クラシック、時々演劇。

どうで死ぬ身の一踊り/西村 賢太

¥1,575
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馬鹿は死ななきゃ治らない。


(あらすじ)※Amazonより
唯一の憧憬にすがって生きる男の、無様で惨めな「一踊り」を描いた、
あまりに暗くて、惨めで、だから可笑しくて、稲光が目の前に閃く創作集。
表題作のほか、「墓前生活」「一夜」の2篇を収録。

※久世光彦氏評より(「週刊新潮」05年9月22日号)
私の体の揺れが止まらないのは、この小説の後遺症もあるのかもしれない。
貧困に喘ぎ、
同棲している女に暴力を揮(ふる)い、愛想を尽かした女が逃げ出すと、
その前に土下座して涙を零(こぼ)して復縁を哀願する。
西村のその姿は「根津権現裏」の藤澤清造に瓜二つである。
つまり、西村<現代>の実人生で、藤澤と同一化しようとしているとしか思えない。
西村の文学は、身も世もなく悶える文学であり、
その魂の姿勢は、いまは忘れ去られた<文芸の核>なのではないかと思われる。
何はともあれ、欺されたと思って読んでもらいたい。
あまりに暗くて、惨めで、だから可笑しくて、稲光が目の前に閃く。


第134回芥川賞候補作品。

作家町田康が
「最近、西村賢太の本を読みあさっている」
というので、
ならば私も読んでみようじゃないか、と図書館で本を借りる。

ここで簡単に、西村賢太という作家について触れておきたい。

(Wikiより)
運送業者の家庭に生まれる。
1978年秋、実父が強盗強姦事件を起こして逮捕され、刑務所に収監される。
このため両親が離婚し、3歳上の姉と共に母子家庭で育つ。
中学卒業後は進学せず、実家を飛び出して
港湾荷役や酒屋の小僧などの肉体労働で生計を立てていたが、
土屋隆夫の『泥の文学碑』を通じ田中英光の生涯を知ってから私小説に傾倒。
暴行傷害事件で二度逮捕され、東京地裁で罰金刑を受ける。

23歳のとき藤澤清造の作品と出会って共鳴して以来、清造の没後弟子を自称し、
自費で朝日書林より刊行予定の藤澤清造全集の個人編集を手掛けている。
清造の墓標を貰い受けて自宅に保存している他、
清造の月命日には清造の菩提寺の浄土宗西光寺に墓参を欠かさない。
2001年からは自ら西光寺に申し入れて「清造忌」を復活させた他、
清造の墓の隣に自身の生前墓を建ててもいる。
このエピソードがいくつかの作品において主人公の行動に擬して描かれているように、
西村の作風は強烈な私小説である。・・・



この『どうで死ぬ身の一踊り』では、上記の事実が詳細に書かれており、
完全なる私小説である。
針小棒大に書かれている箇所があるとは言え、
主人公は著者で、その他の登場人物もほぼ実存すると思われる。

それを踏まえたうえで一言。

こんな男、ぜーーーーーったいに関わりたくないっっ!

この男のあまりのおかしさと情けなさと最低っぷりに
一人、爆笑していた私。
くだらない男が一人、作品内で七転八倒していた。
本当にくだらない。
人としても、男としても最低である。


藤澤清造という作家に傾倒する主人公(著者)。
ほぼ放置状態であった墓標をもらってかえってマンションに飾ったり、
私がこの主人公と同棲してる女なら、
そんな気持ち悪いもん、部屋に置かんとってやー!と発狂するであろう。

思いこんだらそればかり、の主人公は、藤澤清造という作家に愛を注ぐ。
藤澤清造のことであれば、どんなことも惜しまない。
どんなことでもやってしまう。
金は女に、女の実家に工面させる。
女が金を親に返してやってくれ、といえば
あんなくだらない親の事は言うな、と女を殴る。
自分の思い通りにならない、と女を殴る。
鶏肉に入ってないチキンライスをチキンライスと言うな、と怒鳴る。


ひー!最低!!
常に自分のことしか考えてない、最低な男なのだ。

著者の幼少時、実父が強姦事件を起こし、作品内でも少し触れている。
そんな父を持って、この先どんな人生を送ればいいんだか・・・
と同情しないでもないのだが、そんな同情を軽く上回るほどの著者の外道っぷり。

とにかく、
藤澤清造への異常な愛情と、
同棲する女への非道っぷりの描写がすさまじい。

この作品、よく芥川賞を逃したなあ。
私が審査委員なら、
この作品の勢いと衝撃さに圧倒されて、受賞させるかもしれない。

さて。
本当に世の中とはうまくできてるもので、
くだらない男には、くだらない(まともじゃない)女がつくのである。
この、くだらない男とまともじゃない女とのケンカが生々しすぎてコワイ。

自分を殴る、蹴るの暴行をくわえるような男とさっさと別れりゃいいのに、
この女もまともじゃないから、一度は離れても、
「頼むからぼくのこと、もう一度考え直してほしい」
「終わっちゃいねえよ!」
「もう駄目なの?」
と言われると心が揺れる。

このときの著者の心情描写に、腹を抱えて笑った。

ファミレスで別れ話を押し問答を一時間以上続けていた2人。
お客が増えてくると、内容が内容だけに著者は声をひそめて、
復縁を引き続き懇願していた。
あきらかに左隣の女の2人連れは、こちらの話に耳をそばだてている。
それが気になって仕方なかった著者。

(以下、引用)
「しかし、本音を云えば、できることなら私は、もはや人目なぞは気にせず、
 思い切って女の足にすがりつき、ワーワー号泣しながらその許しを乞うてみたかった。
 そこまですれば、彼女もついに情にほだされ、翻意を見せてくれるかも知れない。」

ほんっっっっっと、クソを100回つけてもおつりがくるほどの駄目男。
そんなに彼女を手放したくなければ、暴力なんてふるわなければいい。
許しを請いたかったら、人目なんか気にせず足にすがりつけばいい。
でも、とにかく内弁慶な著者。
そして自分の保身が何より優先。
人目を気にして、何もできず、何もいえなくなる。
こういう男なのである。
こういうところは、最初から最後まで首尾一貫している。

たとえば・・・

この女もこの女で、「カチン」とくることをいちいち言うのだが、
空腹でカツカレーをがっついて食べている主人公に対し、

「豚みたいな食べっぷりね」

という。

・・・そんなこと言ったらあか~ん。
ということすらわからない、その程度の女。

その程度の女の台詞に、悪気はない、と分かっていても、
カチンときて、それを抑えきれなくなった主人公。
突然カレーを部屋中にぶちまけ、女の髪を引っ掴んで、椅子ごと床に倒し込む。
そして肩や腿に足蹴を食らわせ、それがふいに横腹に深く入ってしまう。
女は、凄まじい悲鳴をあげた。
どうせ小芝居だろう、とさらに肩の近くを蹴りつけた主人公だったが、
尋常ではない切迫した声で苦しむ女の様子にひるむ。
救急車を呼んでくれ、と頼む女。
救急車を呼んだら、自分のDVが原因とばれてしまう。
そしたら警察沙汰になってしまう。とても救急車は呼べない、
と布団を引いて女を寝かせた主人公。


・・・・ほら!ほらほら!!
自分のことばっか!!!
首尾一貫して、自分の保身ばっか!!!

骨が折れた~、救急車を呼んで~、と泣いて叫ぶ女に

「折れてない、ヒビが入っただけだ。肋骨のヒビなら自然に癒るさ。」
「明日になっても痛むなら、接骨医院で見てもらおう。
 でもぼくがやったって言われると、困ったことになるんだ。
 自分で転んでぶつけたと言ってくれ」

よく、こんなこと言えるなあ。
ファミレスで泣いてすがってまで復縁をせまった女に、この仕打ち。

きー。
こんな駄目男とさっさと別れなよ~。きーきー。
本を読みながら、歯ぎしりすること数百回。

何度も何度も同じようなことを繰り返し、とうとう女は家を出て行ってしまう。
どうせすぐ帰ってくるさ、と思った主人公だったが、
明け方になっても女は帰ってこない。

何で本当にいなくなっちゃうんだ!と腹を立てる主人公。←馬鹿です、ほんと。
そして、本当に女が消えてしまったことに、
半狂乱めいた精神状態に陥る。
主人公は、消えた女を半狂乱で探し出す。

「まだ、手離せねえ。
 今はまだ、手離せねえ。
 涙さえ浮かべ、薄明りの蒼い視界の先を、ひたすら足早に歩いていた。」

超ど級の馬鹿ですわ。


西村賢太、ひっじょーーーーに、楽しませてもらいました。
この作品も、とてもおもしろかった。

ただ。
私小説であるため、主人公の人となりと対峙する事になる。
寛大な気持ちで、ただただ作品を作品として味わえる人向きです。
であるため、あまり一般大衆にはおすすめしません・・・


こんな男と絶対に関わってはいけない、私の本能もそう言っている。
危険!
危険!
危険レベル5!!

でもおもしろかったです。
ありがとう、町田康。


(おまけ)
こんな超ど級の外道野郎の著者だが、
一つだけ、本当に一つだけ、共感できた箇所があった。
藤澤清造の作品の校正を女にさせていたのだが、
その女の校正が駄目すぎる・・・

『さう思ふ』という部分を『こう思ふ』と直したり、
烏森(からすもり)を鳥森(とりもり)に勝手に訂正する。

私が著者でも、ちょっとキレるかも・・・。
だからって殴らないけどさ。
そもそも校正を同棲してる女にさせてるあたりがむちゃくちゃなのだが。