- 細雪 (上) (新潮文庫)/谷崎 潤一郎
- ¥460
- Amazon.co.jp
- 細雪 (中) (新潮文庫)/谷崎 潤一郎
- ¥540
- Amazon.co.jp
- 細雪 下 新潮文庫 た 1-11/谷崎 潤一郎
- ¥620
- Amazon.co.jp
こんなに面白い小説を読める幸せ、この奇跡。
現代婚活女性必読の書。
谷崎潤一郎の『細雪』は、誰もが聞いたことのあるほどの名作で、
日本屈指の小説である。
しかし本当のこの作品の価値はどこにあるのか。
私は谷崎潤一郎の作品のほぼ全てを読んでいる。
そしてほとんど全てが大好きである。
断言する。
私は谷崎潤一郎のファンである。それも相当の。
しかし、この作品だけは高校時代に読み、意味が分からなかった。
そして途中で投げ出した。
いろいろのことが、いろいろの事象があちこちに散らされていて
どこをどうとらえてよいのかわからなかったのだ。
しかし今、改めて読み直して私はこの作品の本当の意味を知る。
そして理解した。
これは、谷崎潤一郎の作品の中で最高の読み物だ!と。
谷崎潤一郎はやはり大谷崎であり、
いかに読者をおもしろくさせるか、に重きを置いた人物であったのか・・・。
そして分かった。
これは若造じゃ理解できない。
酸いも甘いも知り始めたオトナの女じゃないと本当の「筋」というものが見えないのだ。
「細雪・大谷崎」考は日を改めて、別の記事をアップしたい。
今日は細雪のあらすじ、おもしろみ、についてのみ触れることにする。
この記事後半で、ネタバレします。
(あらすじ) Wikiより
大阪船場で古い暖簾を誇る蒔岡家の四人姉妹、「鶴子」「幸子」「雪子」「妙子」の繰り広げる物語。
三女雪子の見合いから話は始まる。
三女雪子は姉妹のうち最も美人なのであるが、なぜか縁遠く、
三十路に入っても嫁げず姉の幸子夫婦が奔走している。
一方四女妙子は始終恋愛事件をおこして姉達をてこずらせている。
ううーん、単純明快。
本当にたったのこれだけ、これっぽっちなのである。
そんなああでもない、こうでもない、といった話が上中下の3巻で
繰り広げられるのである。
何があるわけでもない。
ただひたすらの日々の生活、姉妹の会話、夫婦の生活が淡々とつづられていく。
この「細雪」でまず感服するところは、あのとめどなく流れる文章である。
とにかく読点が非常に少ないのである。
ツラツラツラツラとひたすらつづられる。
例をあげてみよう。
「と云うのは、先月末の斎藤医師の勘定なども、多分奥畑が払ってくれているのであろうし、妙子が臥ていた十日ばかりの間の薬餌を始め附添人の食い雑用などでも、随分厄介を掛けている筈で、細かいことを云えば、医者の送り迎えをした自動車代、運転手への心付け、日々の氷の代金などを考えても、相当の金額を立替えて貰っているのであったが、実はあれ以来それらの義理をすましていないのであった。」
(下巻・206頁より)
ながっっっっっ。
パラッとあけて出てきた文章がこれであり、
上中下巻、どこを開いても常にこういうとめどなく流れている文章が続くのである。
ところが、
ツラツラツラツラとつづられている、からといって、うんざりさせられるでもなく、
むしろ、この長さに引き込まれ、永遠に流れていく文章を心地よく感じる。
これこそが谷崎の文章の魔力なのである。
そんな長い文章に時々、ピリッとした短文が挟まれ空気が締まり、
耳に心地よい品のある大阪弁が、読者を少し立ち止まらせる。
長文、短文、そして大阪弁。
この3つの要素が見事な黄金比で散らされている。
やっぱり谷崎は、天才。
この記事の最初で私は
「現代婚活女性必読の書」
と書いたが、それはなぜか。
まさに結婚できない女「雪子」がこの作品では大きく扱われるのである。
三十路になっても、見合いに失敗する日々。
それがおもしろおかしく語られる。
(昭和初期の女性が三十路で未婚・・・肩身が相当狭そうであるが・・・)
なぜ雪子はだめなのか。
結婚したくてもできない婚活女子は、
月に祈ったり、
ルールズやらユキコ道やらを読んでる暇があったら、
大谷崎の「細雪(上・中・下)」を読むべきである。
どうして私は結婚できないのか。
どうして結婚できない雪子の存在が笑えるのか。
自分とかぶるところはないのか。
結婚できないおとなしい雪子の一方で、
現代的な考え方の持ち主で、やりたい放題し放題の四女妙子の存在。
この四女が下巻にとんでもない事件を引き起こす。
私はひっくり返りそうになった。
この三女雪子と四女妙子が対照的に書かれることが多いのだが、
その中でも一番印象的なのが、以下のシーン。
ようやく結婚が決まった雪子。
絢爛豪華な嫁入道具がところ狭しと置かれている家の中。
そこへ家を飛び出すように出て行き、誰からも祝福されることのない結婚をする妙子が
荷物を取りにやってくる。
妙子は絢爛豪華な姉の嫁入道具をちら、と見やって、そそくさと荷物をとりまとめて出て行く。
私はこのシーンに全てが語られていると思う。
今までの妙子の自分勝手さがここに集約される。
切なくて胸がキュッと締め上げられた。
しかし妙子はそれは覚悟の上なのである。
それでも自分の人生を、誰に頼ることもなく自分らしく生きようとしている。
新人類の登場なのである。
どちらがいい、といっているわけではない。
雪子はなんとなく決まった結婚をする。皆から祝福を受け、規則にのっとって。
妙子は自分の生きようとする道を手探りで生きていく。誰からも祝福されることもなく。
言うなれば、時代が変わろうとしていたのだ。
まさにこの作品が書かれた時代は、戦局が厳しくなっているまっただ中で、
新しい時代が芽吹こうとしている時期と重なるのであった。
そして最後の最後。
嫁入りする雪子は、下痢をしっぱなしなのであった。
おしまい。
下痢って!
下痢って!
あのおとなしくてかわいらしい雪子が、下痢がとまらないって!
本当にここでこの作品は終わるのである。
下痢がとまらない。で。
大爆笑である。
谷崎、やってくれたな、と思った。
谷崎のおもしろ精神、ここにきわまれり。
これだから谷崎作品はやめられないのである。
もー大好き。
ばんざい、ばんざい。
(メモ)
■雪子が必ずしもいい女として書かれていないところがあっぱれ。
いろいろとよくしてあげた次女幸子の心境を描いたシーン。
(下巻・323頁)
「それはあたしも、貞之助兄さんや中姉ちゃんが行けと云われるのなら行くつもりでいるけれども、人間一生の大事であるから、せめて二三日の間、心に用意ができるまで待って欲しかったのに、・・・と、お腹の中ではちゃんと覚悟していることをそんな風に云うのであった。そして翌朝、ぐずぐずに納得してはしまったものの、貞之助兄さんが一と晩で決心せえと云やはるよってに、と又しても恨めしそうに云い、微塵も嬉しそうな顔などはせず、ましてこれまでに運んでくれた人の親切を感謝するような言葉などは、間違っても漏らすことではなかった。」
こっわー。
いやな女だ、雪子は。
こういうおとなしい顔して腹の中で何考えてるか分からないような女はこわいね。
しかも相当鈍い!
人の好意が当然と思っているお嬢さん。
お嬢さん特有の鈍さ。
いい子なんだけど、一番根本が抜けている、という、ときどき見かける女性。
うまいなあ。
■私の一番好きなシーン。
次女幸子の娘悦子の作文を三女雪子が見てあげるところ。
悦子の飼っているうさぎの耳が垂れさがっているのを立たせてあげよう、と
雪子が耳を立たせようとするのだが、
直接手で動物を触るのがなんとなく気持ち悪くて、
足袋を穿いた足で耳をつまみあげた雪子の所作を
悦子が作文にしていて(しかも上手)、
それを雪子が、はずかし!っと、ちょこっと手を加えて修文する。
なんてことはないシーンなのだが、ここが一番ほわっとしていて幸せになれた。
■あと、この細雪の構想について。
まちがいなく、谷崎は「若草物語」を意識していたと思う。
(設定と人物の雰囲気だけだが・・・)
若草物語も好きだったなあ。
ちなみに
同僚Kも私と同時進行でこの作品を読んでいたのだが、
彼女もまたこの作品を気に入ってくれ、
今のところ、二人の間では
「下痢」は「雪子ちゃん」、
「タクシー」は「タキシィ」、
「淫婦」は「ヴァンパイア」
と読んでいる。
お昼時間ともなれば、この細雪について活発な議論を交わす毎日。
いやー、楽しいなあ。