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三月の招待状/角田光代



ハズレのない作家だから、と安心してはいけない。


本屋でこの本を手にした際、表紙や帯から

「イマイチな内容なのかも・・・」

とも思ったのだが

「いやいや、まあ角田さんのだからハズレはないでしょ」

と購入したが、久々ガッカリ感を味わった。


期待が高すぎるとガッカリも大きい。


フォローするわけではないが、

ガッカリしたとは言え、標準以上であったとは思う。



(あらすじ)

友人の風変わりな離婚パーティで顔を合わせた5人の男と女。

動揺、苛立ち、虚しさ、自分を取り戻そうとするのだが、揺れるこころが波紋をなげる。

それぞれが見つける新たな出発を描いた長編小説。
新たな門出を祝う34歳の離婚式。

何を終わらせ、何を変えるのか―。男女5人の友情と恋愛を描いた長編小説。


だそうである。

以上の文章はアマゾンからそのまま引用した。



冒頭、裕美子の離婚式で始まり、

充留の結婚式で物語を終わらせるのは計算してのことだろう。


10代~20代の恋愛は激しくて、それ相応のドラマがあるのだろうけど,

30代になると突然停滞する気がする。

そういうものを扱っているからであろうか、なんともいえない収まりの悪さを感じた。


そして物語の端々からものすごーく時代遅れの「バブル」を感じさせる。


34歳っていったら私と同い年で、

私はバブルを肌で感じたことがない(バブル崩壊が高3。)。

岡山に住んでいた、というのもあるだろうが、

制服をまとう時代にバブルはなかなか感じにくい。

お金のない若者にはまずはファッションから浸透していくからである。


だからバブルをギリギリ制服で過ごした私と

一つしか違わないが1歳上の世代とでは埋めようのない溝がある、

と勝手に思っている。

それを私たちは「バブルボーダー」と呼ぶ。


この本の5人の男女はバブルボーダーのこっちがわのはずなのに

バブル全盛期のにおいをプンプンさせている。

バブルの匂いはさせても、生きている「リアル感」を感じさせないのもバブル独特の世界。


こういう男女の組み合わせって、昔の「男女七人夏物語」を思い起こさせる。

(しぇ~なつかし~。「もうおそいねや」とか~?わ~なつかし~。)


そんな遠い遠い、「生」を一切感じさせない向こうの遠い遠い世界で

唯一、感情がドッと盛り上がるのは最後の充留の結婚式のシーンである。


充留の結婚式に現れた宇田男。

彼は典型的なダメ男で、でもかっこよくて、飄々とした雰囲気が印象的な男。

結婚式を挙げる直前まで、デキる女である充留はダメ男の宇田男が忘れられないでいた。

そして充留の結婚式に出席した宇田男の姿を見て、そんな過去は忘れることができる、と

結婚式に臨む充留の姿を描いたシーンが唯一盛り上がる場面である。


それ以外は、なんだか遠くで音がする、というだけのものであった。

それが狙いなのかもしれないが、だとしたらそれは34歳という年齢ではだめなのである。

青年期にバブルを謳歌していた世代、

そう、35歳~40歳くらいの設定でないとつじつまがあわないのである。。