上京して住んだ一人暮らし用のマンションはピアノ禁止であったため、

ピアノを弾けない空白の時間があった。

その期間、約1年。


その後、電子ピアノを大家さんに内緒で持ち込み、弾けるようになったのだが、

時すでに遅し。

指が全く動かなくなってしまったのであった。


あの空白の1年がとにかく全ての原因。


全く弾いていない期間が1年あると、

昔のような動きを取り戻すのに一体何年かかるのだろう?

ううん、もう答えは分かっているのだ。

きっともう取り戻すことはできない、と思っている。


だが、取り戻すことはできずとも、近づくことぐらいはできるだろう、と考え直し、

日々、時間があればあの悪名高き「ハノン」(音階とアルペジオは必須)を

時間をかけてやっている最近の私なのであった。



今日、たまたまフィギュアNHK杯総集編を見ていた。

ハチャトュリアンの「仮面舞踏会」の曲に乗って

一心不乱に滑る浅田真央ちゃんを見ながらつくづく感じた。


「この子はまだ18歳なのに、自分がちゃんと見えていて、

今何が必要かを分かって練習してるんだろなあ。」


と。


天才というのは、もちろん生まれつきの才能もあるだろうが、

自分が見えていて、

基本練習がいかに大事か、

今、自分が何をすべきか、

今の自分にどんな練習が必要なのか、

をきちんと理解し、

基礎練習をきっちり時間をかけてできた人なんだろう、と思っている。



実際のところ、つまらない基礎練習がいかに大事か、なんて、

遅かれ早かれ大人になればいずれ気づく。

しかし気づいたときにはもう遅いことが多い。


要するに「天才」と呼ばれている人たちは、大人になるのが早いんだと思う。

成熟度、と言ってもいいのかな。


私が「ハノン」などの基礎練習がいかに大事だったか、に気づいたのなんて

つい最近だもんねー。

おっそ!おそすぎるよー。


小学・中学・高校のときなんて、基礎練習なんてちびっとしかやらなかった。

そして基礎練習をしなくても、指がちゃんと動いていたのだ。←若いから。

だからピアノの先生も、基礎練習を適当にしかやっていない私に気づいても、

それだけ指が動けばいっか、と大目に見ていたような気がする。


そしてなによりー。

私、実は技巧派ではなくて、情緒派だったのよね~。

うまくなくても、情緒で乗り切る、

という、まあなんといいますか、ずるいタイプね。

グイグイ感動を押しつけちゃう、という暑苦しいタイプ。



まあ、そんなこんなで

ようやくハノの練習ンを心から大事にしようと、と思った私は

天才であるわけでもなく、

この「気づき」が遅くても早くてもいいわけで、

無心にハノンを練習するようになった。


ハノンばかり聞かされている近所の人ははっきり言ってイライラしてると思う。

音階ばかり聞かされたって、ちーーーーーーーっとも面白くないんだろうよ。

弾いている方だって楽しくて弾いてるわけじゃない。


ほんと、すんません、と思いながら今日もひたすらレッスンスーン!


で気づけば2時間ぶっつづけでピアノを弾いていた私。

外が暗くなっていることに驚き、あわてて冷たくなった蒲団を取り込んだのであった。

(蒲団は日の高いうちに取り込もう!)


ちなみに今日の練習の内訳は~


40分 ハノン

20分 バッハ「3声のインベンション」(12曲のうち5曲程度)

20分 シベリウス「樹木の組曲」

40分 バッハ「フランス組曲」「イギリス組曲」


ううーん、我ながら充実した練習ができている。 


充実した練習ができたため、この後、死んだように寝ていた・・・。