ばななはどこまで透明になっていくのか。
よしもとばななってこんなにいい作家でしたっけ?
初めて読んだ「TSUGUMI」でいい印象を持たなかった高校時代以来、
ばななを読む機会を手にする度に、あまりよくないに違いない、と気負い、
いつもその気負いを裏切られ、
私の心は波を打ったように静まり、
そしてサワサワと風が吹き始め、またさざ波が押し寄せてくるのだ。
そろそろいい加減、よしもとばななの価値を修正しなくてはならない。
この作品を、私よりも10歳も上のばななが書いた事にただひたすら尊敬。
そしてこの作品のすごいところは、
突然、あっと言わせることと、
そのあっと言わせることが実は最初から静かに進行していることである。
とてもとてもこわいことを、
とてもとても透明度を上げて書いている。
私はこんな高校生だった。
それを44歳のばななが書いている。
そんなばななを高校生だったころの私がチラと見ている。
そういう不思議なことが当たり前に感じることのできる作品であった。
