平成20年5月27日(火),『エンバース~燃え尽きぬものら~ 』(俳優座)を観る。


今日はボスが出張で早く帰られるぞ,と思ってチケットを取っていたのだが,

その出張が急遽中止になってしまい,

ああ~,とにかく,なんでもいいから早く帰ってくれ!!

と鬼のような形相で祈っていたら,なんでもいいような理由で早く帰って行ったボス。


・・・強く願えば夢は叶う,と。


原作:SANDOR MARAI(シャーンドル・マーライ) 

脚本:CHRISTOPHER HAMPTON(クリストファー・ハンプトン)の台本で,

主演の長塚京三氏ご本人の翻訳。


長塚氏がロンドンで出会ったこの演劇に惚れ込み、自ら脚本を求めて翻訳をしたらしい。

それだけ長塚氏を虜にした物語の内容は・・・

(以下,少々ネタバレ)


75才のヘンリック(長塚京三)は,妻クリスティーナに先立たれ,

乳母(91才)のニーニ(樫山文枝)と二人で暮らしている。

そこへ「41年前」に自分の前から突然姿を消した親友・コンラッド(益岡徹)との再会。
しかし長い長い不在の末のその再会は,けして喜ばしいものではなかった。

むしろ憎しみを再認識させるものであった。

再会の日を迎えて,ヘンリックは,

なぜ、コンラッドは「出奔」したのか。
その「動機」を今日こそ明かしてもらおうとする。


舞台はヘンリックの住まうお屋敷の一部屋だけである。

長塚京三、益岡徹が,狭い狭い(といっても大屋敷という設定)空間で,

ヘンリックは41年という時間を超えてもなお,とある疑惑に苦しみ続け,

コンラッドにその疑惑をぶつける。

かつて親友同士だった二人は,お互いの秘めたる憎しみをぶつけ合うのだ。


といっても,話のほとんどは主役の長塚が一人でしゃべる、という特殊空間。

コンラッドの益岡氏はほとんど沈黙。

ひたすらヘンリックの思い出話や罵倒を黙って聞いている。


人物設定と心境設定,そしてそれを演じる二人は本当にうまかったなあ。


生まれたときからボンボンのヘンリックと,

下級貴族でその日食うにも事欠くような家庭に生まれたコンラッド。

何の接点もない二人がなぜか幼年学校で知り合い親友となった。

(・・と思っていたのはお気楽ボンボンのヘンリックだけだった。と私は思う。)

お気楽ボンボンのヘンリックは,士官学校でもその生来持っていた明るさで人気者。

本当のお金持ちって,きっとあんな感じなんだろう,と思わせる。

なんてったって,

「あのころの僕は明るく陽気で人気者だった~」とか

「お金も名誉も人気も全部持っていた~」とか,謙遜無く自分で言っちゃってるし!


しかも,全く悪意なく


「なんでも持っている僕が,なにも持っていない君(コンラッド)となにが違うんだ!」


とか言っちゃってるし。


こういう,生まれつきのボンボン特有の鈍い陽気さが,

湿り気たっぷりのコンラッドにはたまらなかったんじゃないか。

湿り気たっぷり,という裏付けとして,

 ・芸術に造詣が深い

 ・ショパンの親戚

 ・ポーランド出身

などなど。

この湿り気とすべて持っている陽気で脳天気なヘンリックが

なにも持ち合わせていないコンラッドを,暗い暗い闇へ陥れたのではないだろうか。

ヘンリックは脳天気だからそんなこと思ってもみないのだけど。


あの日より前は。


あの日,ヘンリックとコンラッドは狩りに出た。

(この話の前に,お気楽ボンボンヘンリックは,君は狩りがヘタだったよね~,とか言うし。)


そして獲物が二人の前に現れた。

するとヘンリックの後ろを歩いていたコンラッドは,ヘンリックの頭に猟銃の銃口を向けたのだ。

ヘンリックは気配でわかるのだが,それが信じられない。

何かの間違いだ,と思う。

コンラッドは結局撃てず,銃をおろす。


そしてその日,コンラッドは出奔する。

ヘンリック夫妻の前から姿を消したのだった。


そんな思い出話(?)を,えんえん,くどくど,ヘンリックはコンラッドにするのだ。

ああ,ヘンリックうざいなあ,というくらい。

しかも,コンラッドが答えたり,否定しようとすると,その言葉を押しとどめて,さらに話す。

ああ~やだやだ,おしゃべりな男は嫌いよ。


と思うのだが,こんなにくどくどしつこく話すヘンリックには,それなりの理由があった。


ヘンリックの妻とヘンリックは,コンラッドが出奔した日から妻が死ぬまでの8年間,

別居していたのだった。

それは,妻とコンラッドの間に,とある疑惑(いや,それはもう確信のある疑惑)を

持っていたからなのだった。

そもそも妻を紹介してくれたのが,コンラッドだった。

ヘンリックと妻が知り合う前から,コンラッドは妻を知っていたのだ。


ぬおーーーー。

そんな想像,俺には耐えられん!!!!ヌギー!


ってな感じで41年間苦しみ続けてきたヘンリック。

その確信に近い疑惑から抜け出られない,お気楽ボンボンヘンリック。

きっと初めての挫折だったのだ。

しかも初めての挫折が,魂を砕くほどの事件。

なんだか気の毒。ではある。


で,さっきまでのヘンリックの悪意無き台詞の数々を思い返してみる。


・・・わざと,ねちねち言ってコンラッドを追い詰めてるんじゃねえの?


という気もしなくもない。

悪意なき失言の数々なのか,わざとイジワルを言っているのか。


妻が息を引き取る際,妻が

「ヘンリックに会いたい」と言っていた,と乳母から聞かされたヘンリックは,

喜びに打ち震える。

そして,それを,どうだ,と言わんばかりにコンラッドに自慢げに披露する。


おまえ・・・。

やっぱりわざとイジワル言ってるな。

コンラッドをわざとねちねちいじくり倒してるな・・。



といった感じで,

延々とヘンリックの嫌みと復讐の世迷い言を聞かされているコンラッドは,

ひたすら無言で,クビを振ったり,ため息をついたりしている。


・・・この役,難しい。

一人しゃべり続ける長塚京三氏より,黙りこくる益岡氏の方がずっと大変。

いぶし銀みたいな演技をしていた。


この2人のうち,一方的な悪役がいないあたりが上手だな。と。

普通,妻と友人の不貞疑惑にさいなまれる夫,だなんて,観客はひどく同情するはずだ。

しかしそうはさせないのが,このヘンリックのお気楽ボンボンぶり。

そういう不用意な発言の数々をきっと妻やコンラッドは聞き続けていたんだろうな,と

むしろ彼らに同情すら覚えてしてしまう。



さて,肝心の私の感想は,というと・・・


まあまあ((★★★☆☆))。


だった。


2時間という短さでは,仕方ないとは思うのだが,あまりに説明不足なところが多かった。

たとえば,コンラッド。

なぜ突然ヘンリックのところを訪れることになったのか,さっぱり。

妻との関係を疑われている,とも知らず,

ヘンリックに銃口を向けたことを悟られていない,とも知らずにやってきたのか。

だとしたら,繊細なコンラッドにしては,間抜けだし,

いやいや,あえてヘンリックの内心を探りに来た。・・・だとしたらもう少し説明がほしい。


そして最大の問題点は乳母ニーニ。

ニーニとヘンリックの関係はただならぬ信頼関係,それは時に愛である,とは思うのだけれど

それはかなり私が理解の幅を広げてみてあげたからで,

あれだけを,普通に観ただけだと単なる乳母。

それ以上でもそれ以下でもなく,ただの乳母。

乳母役,いらなくね?くらい思われてしまう。

本当は乳母役は非常に大事な役だったんだろうけど,もったいない。



それにしても最前列で観ていた私は,間近でみる長塚京三氏に圧倒された。

長塚京三さんは小柄な人,というイメージがあったのだが(蟹江敬三氏と混同しつつある・・)

とても長身で,足も長くて,ものすご~くスタイルのいい,ダンディなおじさまだった。

あれ~?テレビで観る印象とちがう・・。

これだから舞台を観るのはやめられない。