「緊急です!どなたか連絡ください」

 

電車を降りてすぐに他県に住んでいる義母のケアマネさんからのライン。

 

 

すぐに電話をかけると

ワンコールで繋がり

「お義母さんが、自宅で倒れられて・・」の第一声

後ろでは救急車の音がしていて

 

 

💦💦💦

 

 

痴呆の義母は

1人暮らしで、現在ホームの順番待ち状態で

ケアマネさんと、訪問看護師さんの

お力を借りて、なんとかご機嫌で暮らしてはいたのだけど

 

 

転倒したのか

体調が悪くて寝込んだのか

本人は痴呆なので、何があったかの経緯が全く掴めず。

 

病院に運ばれて検査してもらったら

骨折はしておらず

血圧も正常

 

脱水の栄養不良で2週間ほどの入院になると。

 

 

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今年は3月に私の実母が転倒骨折で入院

2週間で退院後、その3日後に今度は誤嚥で再入院💦

 

 

近くでも、あちらこちらで

「親の介護」が話題になって

 

そういう年齢になってきたんだなぁと
しみじみ思う。

 

 

子どもが小さい頃は、
毎日が子育て中心で

親に頼んで子どもを見ててもらっていたのに

 

 

気がつけば、
今度は親を心配する立場になっている。

 

 

 

義母の顔を見に行ったのは、ほんの2週間前のこと。

 

 

帰える時には


「まだ帰らないでほしい、もっと居てほしい悲しい

と私の手を握って言ってた。

 

 

「また来るからね。」

「こけちゃだめだよ。ちゃんと水分もとるんだよ。」

そう話して別れたのだけど

 


まさか2週間後に、救急搬送の連絡を受けるなんて思いもしなかった。

 

 

今年は実母の入院もあり、
そして今回の義母のこと。

 

 

こうして親が年老いていく姿を見ていると、
あとどれくらい一緒に過ごせるんだろう。
あとどれくらい、同じ時間を共有できるんだろう。

そんなことを考えるようになった。

 

 

 

最近、ご縁をいただいて学んでいた帝王学に
「一日一生」という言葉があって

 

今日という一日を、
一生だと思って生きる。

 

明日が来ることは、
当たり前ではない。

 

 

だからこそ、
今日交わした言葉も、
今日つないだ手の温もりも、
一緒に笑えた時間も、

その瞬間、その瞬間が、
かけがえのないものなんだと感じています。

 

 

改めて、そう思った1日なんでした。

 

 

まじかるクラウン義母の突然の救急搬送の一件を

タロットの視点でnoteに書いています。