人こそ資本

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人こそ資本

 

「海賊とよばれた男」のモデルとされた、出光佐三氏の言葉である。

出光佐三とは、出光興産株式会社を創業者である。どんな人物かの詳細は、上記の映画や出光氏に関する著書に譲る。

氏は学生時代、恩師から「士魂商才」という考え方を教わる。

「清廉潔白で責任感の強い武士の魂をもって商人として機敏に才を発揮すること」だそうだ。

その教えに従い「消費者のため(庶民のため)」をとことん追求し、金儲けを目的としない商売を行おうとしたのだ。

カルテル(販売協定)を結ぶメジャーに真向から勝負を挑み、世界を敵にまわし孤立状態に陥いるが、どんな苦境の中でも信念を貫き続け、出光は「本当に世の中のためになることをしている」と、その生き様に共感して助けてくれる人が少しずつ増えていったという。

「正しいことを続けていれば、世の中に必ず評価してもらえる」と出光氏は語っている。

サッカーコーチ、または選手としても、そんな風でいれたら素敵だなと思う。

「士魂球才」と言ったところか。

 

日本が明治維新をなしとげ、文明開化や富国強兵をうたっていた時代、黄金が万能とされ、金さえあれば良いという様な風潮の中、出光氏は恩師の教えを受けながら、「社会は人間が作ったもので、金が中心じゃない、人間が中心だ」と主張し続けた。それが、出光の「人こそ資本」という考え方につながっているのだそうだ。また氏の父親からの「ぜいたくをせず、人のため、国のために尽くせ」「自分に薄くして人に厚くせよ」という教えも出光興産のベースになっているという。

 

さて、アベーリャスでは

「サッカー選手である前に、まず人間を育てる」

とチームの方針にうたっている。

設立当初、うちに試合で勝った相手チームの子どもの保護者に

「あのチームってサッカーじゃなくて人間性を教えてるんでしょ、ふふふ(笑)」

と揶揄されたこともある。

まだ人も集まらないし、経験もない子ども達ばかりだったから試合には勝てないことが多かったのは事実。

でも信念に基づいて指導してきた。

 

今年でジュニア(小学生のチャレンジコース)は8年目。

2017年度の6年生は小さな大会だけど4回の優勝を経験。

勝ち負けよりも、コーチが何も言わなくても、アップからミーティング、選手交代まで自分達だけでできるようになっていることが嬉しい。

ジュニアユースのカテゴリーもできて4年目だが、中学生達も同様に少しづつ良い習慣が身についてきている。

 

小さなことを大切にして、いかに人間力を高め、自立した集団になっていくか。

そうなっていくためには手間と時間がかかる。

チームは生き物だから、いつも順調にはいかない。

前進、後退、を繰り返しながら少しづつ成長していく。

ちょっと油断すれば、ゼロどころかマイナスにまで落ち込んでいく可能性もある。

 

対外的にもチームとして、クラブとして信頼されるようになるまでには、長い年月がかかる。

でもその信用を失うのはあっという間。

何を大切にするか、どんな考え方をしているか、そのクラブに関わる「人の心」によってカラーが決まる。

「誰が関わるか」でも大きく変わる。

 

まさに「人こそ資本」である。

 

よく、ゴールデンエイジと言うが、これは技術に限ったことではないと思う。

どんな考え方をするか。

どんな習慣を身につけるか。

9歳~12歳まではそういう面でのゴールデンエイジでもある。

そしてこの時期に「人として」の土台を作った後は、やはり一貫指導の下で同じことを大切にしていくことが重要だと実感している。

 

積み重ねたことは、必ず目に見える形で現れる。違いが生ずる。

試合にただ勝てば良い、サッカーがうまければあとは好き勝手でも良い、自分さえ良ければ、とやってきたチームや選手や保護者には、必ずどこかでひずみが出る。

1年や2年では気付けないことかもしれない。

でも9年、10年と継続した後、それに気付いたのでは遅すぎる。

長くやってきた今だから、自信をもって言えることでもある。

そして一時期ではなく、キッズ~中学3年生まで、長い場合は10年以上携わることになる選手もいるから、責任も大きい。

 

 

キッズ、小学生、中学生、社会人のトップチーム、そしてお父さんチーム、OB、更にその保護者や家族の皆さん、情熱あるスタッフ達、

アベーリャスには、お金では価値を量れない素晴らしい資本がたくさんある。

まだクラブとして大きな実績がなくても、人数が多くなくても、資金がなくても、大きく整ったグラウンドがなくても、他のチームに誇れる素晴らしい財産を備えている。

 

アベーリャスに関わってくれている「人こそ資本」!

 

という考え方をクラブ内で共有していきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選挙が終わり、与党でも野党でも「謙虚」という言葉が飛び交っている。謙虚さを持ち続けていれば成功できた、謙虚さを忘れていたから失敗した、と後の結果で気づかされることが多い。

 謙虚という言葉はポルトガル語にも存在する。みんなから好かれていたり、大成している選手を、ブラジル人はよく、「Pessoa humilde」(ペッソア ウミウジ・・・謙虚な人)と表現する。

 人は物事が順調にいっているときほど、謙虚さを忘れがちになる。「いろいろな人のおかげで」という、それまでに受けた様々な恩を忘れて、自分だけの力でここまでになったと思っている人を見かけることがある。

 

サッカーチームで、今、力がついてきて中心選手であったとしても、自分だけの力でうまくなってきたわけではない。

自分1人では練習も試合もできないし、チームメイトや対戦相手がいたからこそ、成長できる機会を得ることができたはずだ。

自分よりもずっと前に、そのチームの創設期に頑張ってくれた先輩達がいたから、今、自分もそこでプレーができる。

まだ自分が力不足だったときにも、温かく接しながらいっしょにプレーしてくれた1つ上の学年、2つ上の学年の仲間のおかげで今の自分がある。

 

小中学生でも、周りの大人がその様な「物の見方や考え方」を日々伝えていけば、気付けることだと思う。

まず子どもの一番身近にいる親がそこに気付けないと、子どもは勘違いしてしまう。

 

『素直な心に花が咲く』(池田繁美著)という本に、「謙虚さがなくなる兆候」として以下のことが書かれている。カッコ内の言葉はサッカーあるいはサッカーチームに結び付けて私が勝手に加筆したものである。

 

◇時間(練習)に遅れだす。

◇約束を自分のほうから破りだす。

◇挨拶が雑になる。

◇他人(他の選手)の批判や会社(チーム)の批判をしだす。

◇すぐに怒り出す(他人とのトラブルを起こしまくる)。

◇他人の話を上調子で聞きだす。

◇仕事(サッカー)に自信が出てきて、勉強(練習)しなくなる。

◇物事の対応が緩慢になる。

◇理論派になりだす。屁理屈を言う。

◇打算的になりだす。損得勘定がしみつく。

◇自分が偉く思えて、他人がバカに見えてくる。(自分もしくは自分の子がうまいと思い、他の選手をバカにする)

◇目下の人(下の学年の選手)に対して、ぞんざいになる。

◇言い訳が多くなる。

◇「ありがとうございます」という言葉が少なくなる。感謝の気持ちがなくなる。

 

アベーリャスでサッカーを続ける選手達には、今、自分がサッカーできることは、学年やサッカーの上手い下手を問わず、多くの人たちの支えがある「おかげ様」という感謝の気持ちを忘れず、どんな相手からも学ぶことがあるという素直で謙虚な態度を持ち続けられる選手であってほしい。

「貧乏な人とは、少ししか物を持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

 

地球環境の危機に直面している現代社会に警鐘を鳴らし、今年のオリンピック・パラリンピックの会場となったブラジルのリオデジャネイロで2012年に行われた国連会議「持続可能な開発会議」においてもっとも衝撃的なスピーチとして聴衆から拍手喝采をあびた8分間の演説の中の一節。

 

そのスピーチを行ったのはウルグアイ前大統領、ホセ・ムヒカ氏。

今年、来日した際にもテレビ番組で大きく取り上げられ、また書籍を通じて氏の人生を知れば知るほど、彼の一言一言に説得力を感じる。

 

大統領公邸に住まず郊外の農場に住み、大統領専用車も使わず、一般庶民が使うフォルクスワーゲンの古いタイプの車(ブラジルではフスカと呼ばれている)を自ら運転し、大統領としての給料の90%を寄付する氏のライフスタイルから、「世界一貧しい大統領」と記事にされた。

だが、「私は貧乏ではない。質素なだけだ」と事あるごとに語り、「私は持っているもので(あるもので)贅沢に暮らすことができる」とも言っている。

最近辞任したどこかの知事とは、人としてのスケールの違いを感じざるを得ない。

 

ウルグアイは総人口が300万人程度、東京都民はもちろん千葉県民の人数より少ない。

牛は人口の4倍以上の1,300万頭、やぎは1,000万頭近くいると言われている。

私もブラジル滞在中の1994年にパラグアイを経由してアルゼンチンのブエノスアイレスに入り、そこからラプラタ川を渡り船でウルグアイを訪れたことがある。

牧歌的な風景に溢れる本当に素朴で、のどかでのんびりとした印象の国だ。

 

それでも、サッカーではワールドカップで2回優勝しており、南米選手権でも優勝経験があり、ブラジルやアルゼンチンとも常に互角に戦っている。

レコバやルガーノ、フォルラン、カバーニ、スアレスなど世界を代表する名選手も多数輩出している。

サッカーのみならず、フットサル(かつてはサロンフットボール)の発祥の地はウルグアイだと、同様の主張をしているブラジルとの論争では一歩も譲らず、経済的発展や国土の面積や人口の面では小国でも、国民はプライドと自信を持っている。

そして、ムヒカ氏のような今の日本では生まれてこないかもしれない素晴らしいリーダーが出てきている。

 

氏の人生哲学に起因する言動に対し、多くのウルグアイ国民が尊敬と親愛の念を抱き、世界中の人が共感する。彼の言葉にみな心を打たれる。

人口が多く資源も豊富で軍事力や経済力のある大国の大統領でなくても、先進国のリーダーでなくても、世界に一石を投じ、人の心を動かすことができる。

まさに身をもってメッセージを生きている。

 

サッカークラブだって同様に、大きなクラブでなくても、環境に恵まれてなくても、まだ実績がなくて無名でも、根底にある育成理念、考え方をしっかり持っていれば、たとえ時間がかかったとしても、きっと何かを達成できるはずだ。

 

祖国の自由と未来のために、そして何より「世界を変えたいという強い思い」から革命運動に没頭したムヒカ氏は、およそ13年間近くもの期間、獄中生活を送っている。

たとえ10数年、思い通りの成果が出せなくとも、ぶれない強い信念があるかどうか。

常に自己反省し学ぼうとする謙虚な姿勢はもちつつも、自分の思いに正当性を感じゆるぎない自信をもてるかどうか。

それが大切だと思う。

その自信がもてるかどうかは、それまでにどんな生き方をしてきたかによるだろう。

サッカーに限らず、どんな事柄においても、小手先のテクニック(技術)だけでは通用しない。

その人のバックボーン、生き様が大きく左右する。

だから誠実に努力し、謙虚で、感謝の気持ちを忘れず、チャレンジ精神を持ち続けられる、そんな人間でいたいと思うし、選手達にもそうあって欲しいと常に願う。

 

ムヒカ氏が語ったとされる次の2つの言いまわしは、特に私の気をひいた。

【人生】という箇所を「サッカー」という言葉に置き換えてみると、サッカーに関わる多くの人々、指導者はもちろん選手や保護者にも、考えるきっかけを与えてくれるのではないか。

 

①「戦う前から負けたと思う連中を見るとムカムカするんだ。勝ったことをひけらかす必要はないが、絶対に勝つと信じて前に進み、【人生】に意味を与えなければならない。

それと同時に、完全に勝利するなんてできっこない。だって、【人生】みたいに複雑な現象に、どうやったら勝ったといえるんだい?(特にサッカーの育成年代においては・・・)

それでもなお、【人生】という冒険に意味を与えることが大事なんだ。情熱をもって物質的な欲望を超えて生きなければならない。

意欲的に生き、何かに力をそそぐということは、何でもかんでもやればいいという意味ではない。

確実に言えるのは、私は今、【人生】を最高に楽しんでいるということさ」

 

②不可能なことを可能にするにはさらに努力が必要です。諦めたら負け。

【人生】ではいろいろなことに、何千回と転びます。愛で転び、仕事で転び、今考えているその冒険でも転び、実現させようとしている夢でも転びます。

でも、千と一回立ち上がり、一からやり直す力があなたにはあります。

その道が実は一番大事です!(過程が本当に大事なんです!)

ゴールなんてありません。~中略~

あるのは別のものです。

それはどんな状況においても、この短い【人生】をフルに生き、(サッカーの育成年代の選手には、一度しかない10代の時期に本気でチャレンジできる短い時間ととらえてほしい)、人を愛し(仲間、チームメイトを愛し)、そのために闘い、人に伝えようとする美しさです。

【人生】はもらうだけではだめなのです。

まずは自分の何かをあげることなのです。」

 

権利ばかりを要求し、与えてもらうことに慣れてしまうと、人はどんどんわがままになる。

あって当たり前。してもらって当たり前。整っていて当たり前。その感覚では人は成長できない。

まわりの大人が賢くなって、子ども達に何を気付かせることができるのか、深く考えた上で慎重に行動して発言すべきだろう。

小学生はもちろん中学生でさえ、まだ人生経験は浅く、大人の言動や価値観に大きく影響される。

だからこそ、自分の子だけしか見えない狭い視野ではなく、チームのすべての子ども達に愛情をそそげる、懐の深い大人の集団となって子ども達を見守って行く必要があると思う。

 

ムヒカ氏の言う、「まずは自分の何かをあげること」の大切さ。

言葉ではわかっていても、それを実践するのは容易ではない。

人のために何ができるか・・・・

 

自分、もしくは自分の子どもだけのことしか考えていないと、本当に大切なことが見えなくなってしまう。大切なものが見えなくなると、誰かが不満や不平を吐き出し、そうなるとそのグループ、チームはどんどんネガティブな集団へと負のスパイラルに陥ってしまう。

 

不満や弱音や愚痴を吐く、の「吐く」という字から、土の字の下の一画、マイナス「-」思考(=ネガティブな心)を取り除くと、夢が叶う、の「叶う」という字になるとある本で見て、本当にその通りだと思う。

 

どんな状況でも、前向きにポジティブにとらえて、今いるところを自分の力を最大限発揮して引き上げる、力を出し惜しみせず自分のいるところを一流に近づける、その気概があってこそ本物に成長できる。

 

目先の利益や豊かさではなく、本当に大切なことは何か、本質は何か、それを見失うなというメッセージをムヒカ氏の言葉から感じた。

 

ウルグアイよりも200万人近くも人口の多い千葉県で、ウルグアイの名選手を超える選手を育成できないはずがない。

アベーリャスで自らを磨き、高校、大学とさらに素晴らしい出会いに恵まれ、何年後かにそんな選手に育っていけるような伸びしろをつけられるように、日々進化していきたい。

 

 

 

 

 

 

道のり

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何事にも道のりがある。

クラブにも道のりと歴史がある。
クラブの歴史は一朝一夕には作れない。
でも、その始まりには「思い」がある。


2010年にアベーリャスはクラブとして産声をあげた。


小学生8名のスタート。

みんなリフティング10回もできなかった。

今は、低学年でも1500回以上できる選手も出てきた。

2014年ジュニアユースを立ち上げた。

6名のスタート。

「11名そろわないなら」と入らない人も当然のことながらいた。

2016年度、ジュニアユース34名を含めて、キッズから小中学生で100名以上のクラブに成長する。

「来るものは拒まず、去る者は追わず」のスタンスでずっとやって来ているが、アベーリャスの理念に賛同して下さる方々のおかげで、この少子化の中、ここまでクラブが発展していることは当たり前のことではなく、本当に感謝の気持ちで一杯でいる。


アベーリャスはキッズ、小学生、中学生、そして県の社会人リーグで戦うトップチームがあり、昨年からクラブ主導ではなく、有志の方々のおかげで自然発生的にお父さんチームができた。


そして今日、そのお父さんチームが千葉県サッカー協会主催の40歳以上の第1回シニアフットサルリーグで優勝、初代チャンピオンになった。

その場に、たくさんの小中学生のアベーリャスの選手たちがいたことは、クラブの運命だと思っている。


相手は引き分けでも優勝、アベーリャスは勝たなくては優勝できない状況で、試合序盤ですでに0-3のビハインド。
でも、「目の前のプレーにベストを尽くす」「最後まで絶対にあきらめない」「仲間を信じる」「本当のハッサは逆境のなかでこそ見せるもの」「チームワークこそ最大の武器」ということを、見ている選手たちにお父さんたちは示してくれた。


クラブとして初めて千葉県制覇を実現したのがお父さんチームというのもアベーリャスらしくていい。

いつかきっと、小学生はバーモントカップで、中学生はクラブユース選手権や高円宮杯で、アベーリャスのスピリットを体得して成果を出してくれると信じている。



途中に困難があればあるほど、達成したときの喜びは大きくなる。
いつか必ず勝つ!という意気込みをすべてのカテゴリーで見せられるといいなぁ。

街のクラブだからこそできることを大切にしていきたい。
日本サッカーの草の根の部分で、いかにサッカーを文化にしていくか。
アベーリャスの道のりはこれからまだまだ続く。


クラブに関わって下さるみんなの力で!


ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ~

の水木しげるさんが生前に語っておられた「幸福の七ヶ条」の中に、人としてはもちろんだが、サッカーを指導する立場としても、「ああ、なるほどなア」と思わされる言葉がいくつもある。


第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的にことを行ってはならない。


第二条 しないでいられないことをし続けなさい。


第三条 他人との比較ではない。あくまで自分の楽しさを追及すべし。


第四条 好きの力を信じる。


自分が本当に心から本気で好きなことは、しないではいられないだろう。

他人と比べてこうなりたいとか他人に勝ちたいとかいう次元ではなく、自分はこうでないと気がすまないという思いや、自分と向き合うことに最高の楽しみを感じられることが、本当の好きの力なのだと思う。


ある研修会で「うさぎとかめ」の話になった。

だれもが知っている通り、うさぎが寝ている間にのろまのかめがうさぎを抜いて先にゴールするお話だ。

「うさぎとかめはそれぞれ何を見ていたのでしょうか?」

と質問された。

子どもの頃、そんなことを考えたこともなかったが・・・

質問をされると、人は考える。


うさぎはかめを見ていた。自分とかめを比較して、慢心した。

かめは自分の目標(ゴール)を見ていた。

かめは、勝ち負けを目的にしていたのではなく、自分の目標(ゴール)に到達することに誠実に取り組んだ。そして、うさぎの速さと自分の歩くスピードを比較せずに、自分に出せる力を出し惜しみせず、やりきることに楽しさ(やりがい)を追及したのだろう。


最近フィギュアスケートでは、しばらく休養して檜舞台から離れていた浅田真央選手が復帰した。

彼女のコメントの中に次の様な言葉があった。


「3回世界チャンピオンになったが、目指すものは尽きない。これからももっと上を目指したい」


彼女の言葉の中にも、誰かとの比較とか、誰かに勝ちたいということではなく、「自分はこうありたいんだ」 という強い気持ちがうかがえる。

このメンタリティーが人を一流にさせるのだろう。


水木さんの「幸福の七ヶ条」の最後、第七条に、


「目に見えない世界を信じる」 


という言葉がある。


妖怪や霊に関する作品を手がけてきた氏が、「目に見えない世界」というと、そっちの世界か?

と思ってしまいがちだが、この第七条とともに、次の一節を添えている。



「じゃあ、秘密を教えるよ。とても簡単なことだ。

ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。本当に大切なことは目には見えない。

君のバラをかけがえのないものにしたのは、君がバラのために費やした時間だったんだ」

(「星の王子さま」からの抜粋)


アベーリャスの選手達には行間の意をくみ取ってほしい。

そして問いかけてほしい。

自分にとってサッカーはかけがえのないものになっているかどうかと。


目には見えない本当に大切なこと。


それを心で見ることができれば、今自分が何をすべきか?自分に何ができるか?何をした方が良いのか?

が、わかるはず。


それが見える選手の集団、そしてチームにいつかなる。