今週の週間予報を見ると毎日傘マークが付いている関東甲信越地方。今週は4連休を取っているというのになんてことだ•••と思っても天気はどうにもならないから予報が変わることを祈るだけです。
何年か前の9月3日は何をしていたのだろうなどと思いながら古い過去画像を探していたらgoogle Photoに保存されていた5年前の今日の画像を見つけましたので遡って当時のことを思い出してみたいと思います。
東武鉄道伊勢崎線(スカイツリーライン)北千住駅特急専用ホームにて。
ずいぶん遅い時間に出発したようなので予め計画を立てていたのではなく、いつものように急に思い立って家を出てきたのでしょう。
特急「りょうもう」に乗車します。
東武鉄道の特急列車といえば最近スペーシアXが就役しましたが、現在までの看板特急車両であるスペーシアを使用した「けごん」「きぬ」が日光や鬼怒川温泉方面への行楽特急としての要素が高いのに比べ、この「りょうもう」は東京と北関東の中核都市を結ぶビジネス特急としての性格が強い特急列車です。
したがって現在までの100形スペーシアがJRの特急型車両のグリーン車に匹敵するほどのグレードであるのに対し、200形「りょうもう」は国鉄特急型車両の普通車程度のグレードとなっています。
「りょうもう」の運転区間(浅草〜館林•太田•赤城および1往復が葛生)のうちビジネス利用のみならず最も観光客の需要があるのは栃木県の足利市駅ということになるでしょうか•••。
足利市には史跡の足利学校や鑁阿寺(ばんなじ)などがあって多くの観光客が訪れますが、最寄駅はJR東日本の両毛線の足利駅となり、東武鉄道の足利市駅からだと渡瀬川を渡ってけっこう歩きます。車内から撮影した画像の向こう側が足利市街地となります。
けっこう歩くとはいえ、渡良瀬川の中流域のゆったりとした風景の中をのんびり散策しながら歩くのもいいものです。
「りょうもう」の乗客が最も多く下車するのがこの太田駅です。SUBARUの富士重工の牙城であり、多くの企業が集まる群馬県太田市は東京とのビジネスマンの往来が多く、大半の乗客がこちらの駅を利用しています。
新桐生駅付近で両毛線を跨ぎます。
相老駅にて。旧国鉄足尾線の第3セクターわたらせ渓谷鐵道との接続駅です。
太田駅を出た列車の車内はこのような感じで、その後は藪塚駅や相老駅で残っていた乗客のほとんどが下車してしまうので終点の赤城駅まで乗車する乗客はわずかです。
終点の赤城駅に到着しました。
並行して上毛電気鉄道のホームがあります。
清涼飲料水の自販機にはぐんまちゃん。
上毛電気鉄道で動態保存されているデハ101という古い電車を模した自販機•••画像で見るとまるで本当にリベット打ちされているかのようです。最近のフィルム技術の高さには感心します。
赤城駅には「おおまま」と副駅名のような平仮名が添えられています。大間々駅というのは1kmほど離れたところにわたらせ渓谷鐵道の中枢駅として存在しますが、この付近も旧大間々町(現在の群馬県みどり市)市街に当たるのでそのように付けられているのでしょうか。
この道は息子が幼かった頃には長野の自分の家と居住する東京との往復時に回り道をして草津温泉方面や新潟県の湯沢町方面から吾妻渓谷や赤城山麓をドライブしながらよく利用した道路です。
上毛電気鉄道の現役の車両は東京の京王電鉄井の頭線で3000形として活躍していた車両です。この編成は夏祭りの装飾が車内に施されていました。
京王電鉄井の頭線時代には7色のカラーパターンがあったことからレインボーカラーと呼ばれていたこの車両、上毛電気鉄道では色が異なりますが編成毎に違うカラーがあって何色が来るのかはその時のお楽しみです。
井の頭線時代には乗務員室後ろにもロングシートがあって前面展望を楽しむことができましたが、上毛電気鉄道へ移籍するときにワンマン化対応改造が施されて座席は撤去されています。
このファンデリアも種車時代から残るものです。
終点の西桐生駅は風格のある古い駅舎です。
折り返しの中央前橋行に乗車中に大胡駅で団体臨時列車として運転されていたデハ101に遭遇。
中央前橋駅はJR前橋駅とは離れています。お腹が空いたので近辺を歩き回りましたが、昼間の時間帯に開いているお店が見つかりませんでした。
大雨が降ったら水没しないか心配になります。
大胡駅にて。何やら制作中だったようですが、現在はどうなっているのでしょうか?
古い木造駅舎ファンにはたまらない駅舎となっています。
大胡駅は上毛電気鉄道の中枢であり、社屋や車両基地などが併設されています。
オランダではありません。大胡駅前です。
臨時列車の運行を終えて帰ってきたデハ101の扉が開いている合間を狙って内部を撮影しました。いつか乗ってみたいものです。