先日の記事で触れた通り頚椎と神経から来る腕の痛みが酷くて更新が滞っています。

 今日は病院を変えて評判がいいところへ行ってきてブロック注射をしてきました。

 病院の帰りに通った西新井大師。



 名物の草だんごでも久しぶりに買って帰ろうかとも思いましたが、ちょっと買ってきたいものがあったので電車で北千住へ向かうことにしました。


 来週は初詣で賑わうことでしょう。


 西新井大師から見る東武鉄道大師線大師前駅は大きそうに見えますが•••。






 大師線は本線である伊勢崎線(東武スカイツリーライン)西新井駅から分岐するわずか1kmほどの路線です。もちろん単線で駅はこの大師前駅のみ。

 通常は駅員無配置で、運賃の精算や切符の購入は西新井駅で行われるため自動改札機もありません。西新井駅ではスカイツリーラインから大師線への乗換口に自動改札機があるのでこのラッチも使用されることがあるのかどうか•••。


 わずかな距離の路線でもちろん棒線の行き止まり駅のわりにホームの幅が広いのは初詣などの人出が多い時のことを考慮しているのでしょうか?

 階段も広いしエスカレーターも完備、トイレだって本線の途中駅より広いほどです。







 西新井駅乗り換えで北千住へ。




 KINOKUNIYAのレンチンして食べる黒毛和牛そばおうみがも南蛮に最近ハマり気味なので買って帰りました。


このスポーツ選手の偉業を語りたい!

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 昭和9年(1934年)12月26日•••現在の読売ジャイアンツの前身である大日本東京野球倶楽部が職業野球チームとして発足したことから12月26日日本プロ野球誕生の日とされています。

 同年に行われた日米野球により職業野球チーム結成の気運が高まり、翌年には東京、名古屋、大阪に相次いでプロ球団が誕生しました。
 大阪に誕生したのは現在の阪神タイガースの前身である大阪タイガース

 職業野球チームが発足したものの東京にはまだ大きな野球場がありませんでした。
 そこで翌々年、昭和11年(1936年)の10月にわずか3ヶ月という突貫工事で木造の球場が建設されました。東京に初めて誕生したプロ野球チームのスタジアム•••洲崎野球場は現在の東京都江東区新砂1丁目から2丁目付近にありました。88年前の今日誕生した大日本東京野球倶楽部、つまり現在の読売ジャイアンツと今でも伝統の一戦と称されるのがかつての大阪タイガース•••現在の阪神タイガース戦であります。
 その伝統の一戦はシリーズ終了後に沢村栄治擁する東京巨人軍が景浦將擁する大阪タイガースと対戦し、初代日本王者となった試合がこの洲崎野球場で行われ、のちに語り草となる試合の舞台となりましたが、東京湾の埋立地で海に近かったことから満潮時にグランドが水浸しになるなど立地条件もよくなかったことから後楽園球場が完成すると使用されなくなりました。




 打撃の神様と称され、ジャイアンツの黄金期の監督だった川上哲治氏もプロ入りのデビュー戦はこの洲崎野球場だったそうです。