好きな方言おしえて!

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 好きというわけではありませんが…。
 若き日の母ちゃんはよく
「○○さんならあっちの方へ飛んでっただよ❗」
なんて言ってましたね…。
 東京暮らしが長くなってしまったので言わなくなってから久しいですが…。

 私はというと…広島県から東京に転校してきたら授業の時に広島県の方言で答えてしまったら、さあ大変❗でした。
 担任は女性だったんだけど
「そんな田舎の言葉なんか使うんじゃないッムカムカ
と、ヒステリックに怒るんですよ。
 最初のうちは黙って怒られていましたが、そのうちクラスのみんなからも「カッペ」とか言われたりして酷いのになると広島県から来たからというので「ヒバクシャ」なんてからかわれたりしたものだからさすがに頭に来て、授業中に当てられたときに広島(といっても東端の福山市なんですがね…)の言葉で答えたらまたヒスを起こしやがったものだから
「全国にはようけ方言があるんじゃ❗自分が勉強不足じゃけ、知らん言葉使われるとヒス起こすんじゃろ?」
と言ってやったら火に油を注ぐ結果となり、廊下に立たされました。
 あの年代…私のような世代にすれば親の世代になるわけですが、戦時中に疎開などで惨めで辛い思いをたくさんしたためか、とくに東京生まれの人たちの中には地方の人を軽蔑するようなことを言ったりする人、けっこう見かけます。
 感情としてそうなってしまうことは無理やり理解するとしても、教師が児童と一緒になって広島県から転校してきたからといって
「ヒバクシャだから出来が悪い❗」
なんて口に逆上せていたんです。
 原爆がどれほど非人道的な兵器で、戦後76年(あの当時は戦後30年でしたが…)を経た現在でもこれほど後遺症に苦しみながら多くの方が亡くなっている。
 それを子供たちにしっかり教育することが教師の最低限の務めであるにもかかわらず、そのあたりの知識と意識の欠如にすら気付いていない姿に私は教師とは軽蔑すべき人種だと思ってしまったのです。以前にもこの酷い女教師のことについては触れたことがありますが、何年かのちの「学級崩壊」は低俗な教師たち自らがあまりにも多かったからこそ起こるべくして起きた社会問題だったと今でも確信しています。

 私が小学一年生から高校三年生までさまざまな教師に出会ってきましたが、尊敬できる(あるいはその後尊敬に値する人物だと知った)のは…残念なことに2名しかいないのです。

 方言の話がかなり逸脱してしまいましたが、同じようなことがほんの10年前の震災のあとにもありましたよね?東京に避難してきた福島県の原発事故による被災者の子供たちに対して…。
 非難されるべきはリスク管理が出来ていなかった国と政府・東京電力、そして事故が起こったときの危機管理が出来ていなかったのが国と東電、時の政権与党(民主党)であり、住むところを追われた福島県の立入禁止区域の住民ではありません。

 方言というテーマからから嫌な記憶が思い出されてしまったのでこんな記事を書いてしまいました。