あの日…雪深い県境の短い夏に名残を惜しむかのようにおれは空を見上げていた。
 かつては国道だったこの道は旧北国街道である。
 新しくバイパスが開通してからはここを往来する車はめっきり少なくなった。。
 豪雪地帯だけに冬になると多くの車が難渋を極めた信越国境だが、今では高いところを長い橋で一気に通過することができる。
 江戸時代…この地には関川の関所が置かれ、おもに北国(現代の北陸地方や新潟県を指す)と信州や江戸を行き交う旅人に対して目を光らせていた。
 北国街道は五街道のひとつ、中山道の脇街道であるが、主に「入鉄砲」を厳しく取り締まった関東側の中山道の碓氷関(群馬県安中市)とは対照的に北陸側の関川関は「出女」を重点的に取り締まっていたという。

 長野県側に鎮座する黒姫山と並んで新潟県側に秀麗な姿を見せる妙高山の間を源として流れる関川に沿って通る線路をやってくる列車の撮影をしようと立っていたおれを突然衝撃が襲った。

 気がつくと、おれは深い木立に倒れていた。
 起き上がってあたりを見回してみると、木立が開けたところに時代錯誤な建物があるのを見つけたので近寄ってみると…?

 昔の役人らしき姿をした男が二人座っているのが見えた。
 何かの観光施設かと思って通り過ぎようとしたのだが…。
「これ、そのほうは旅の者か?」
と、呼び止められた。
 旅の者かと問われてみればそうかもしれない。
 それにしても、この施設の職員なのだろうか…ずいぶんと「なりきっている」ものだと、心の中で苦笑しつつ
「その通りでございます」
と答えてやった。

「どこから来て何処へまいるのだ?」
と、もうひとりの職員らしき男が言う。
 そこでつい乗ってしまうのがおれの悪い癖だ。
「はい。江戸から越中へまいるのでございます」

「手形は所持いたしておるか?」

(手形…これのことかな?)
おれはポケットからこの県境に着いた時に見学した「道の歴史館」の入館券を差し出した。

「は、これに…」


「なんじゃ…それは?そのほう、われらを愚弄いたすかムカムカ
 雷のような怒声におれは竦み上がった。
(な、なんだ?ずいぶんと本格的だな…)

「そのほう…まさかおなごではあるまいな?疑わしいゆえ女改めにかけることとする」

(ちょっとちょっと…おれのどこが女に見えるというんだ?)
と、すぐにおれは背後から足軽のような姿をした屈強そうな二人の男に両腕を掴まれて奥へと連れていかれた。

(そうか!これはお客を楽しませるための演出だな。なかなか凝った演出じゃないか…)

 物の本で読んだことがある。
 江戸に「人質」として留め置かれている大名の妻などが男装して脱走するのを防ぐために「女改め」というのがあって、常駐する「人見女」という女が女性の旅人やたとえ男であっても女が男装している疑いがある者は人見女の「女改め」を受けなくてはならない。

(人見女にはどんな女性が扮しているのかな?色白の若い越後美人だったらいいな🎵)

 おれは自分の顔がだらしなく緩んでゆくのを必死に堪えて神妙な面持ちで人見女のところへ「連行」されていった。

「行け❗」
足軽風の男が奥へと顎をしゃくった。

 おれは心をときめかせて言われる通りにした。

(越後美人🎵越後美人🎵)

(ひ、ひぃッガーン)

 足軽風の男たちは引き返していった。

「上がれッ❗」
強い口調で人見女の婆さんが言った。もちろんおれは躊躇した。

「何をしている?さっさとせぬか❗」
ぴしぴしと決めつけられておれは人見女が座っている板の間へと上がっていった。

「これよりそなたを改めるゆえ服を脱ぐのじゃ❗」

「えっ…脱ぐ?」

「早ういたせ❗」

「い、いくらなんでもそれは…」
と、ここでおれの脳裏をあるとんでもないことが過った。
(まさか…おれはタイムトラベルをしているのではないか?)
このことである。
 もしかしたら、さっき身体を貫いた衝撃がおれを江戸時代に連れてきてしまったのか?

(だとすると…)
これは言うことを聞かないとおれはとんでもない窮地に陥ることになる…。
 おれは婆さんの言う通り服を脱いで裸になった。

「紛れもなく男じゃ。疑いは晴れた」

(当たり前だ。もしおれが女だとしてもよほどのゲテモノ喰いじゃなければ振り向かないぞ。いや、みんな目を背けるに違いない❗)
と、ここで婆さん…打って変わった優しい声になり
「この部屋はな…陽当たりが悪くて冷えるのじゃ。その身体で暖めてくれぬかえ?」
ニタリとしながら身を擦り寄せてきた。

(うわっ…ガーン)

「まもなく閉門の刻限じゃ。明朝までここで過ごしてゆくがよいぞ🎵なっ?なっ?」

「や、やめてくれ❗気持ち悪い…」

「うふふ❤️」



 夜が明けて…。
 おれは毛祝坂を越えて妙高山の裾から崖下の沢に沿った小道を歩いていた。


 穢れた身体を湯壺に沈めて閉じた目から涙が溢れて止まらなかった…。


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 考えたことがないですね。自然のままに…。