『ゴンドラの唄』秘話 最終章 ~バルカローレ~ | 甘ずっぱい蜜の部屋

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アンデルセンの 『即興詩人』 に戻りまして…*

不幸な事故で母を亡くし、孤児となったアントニオ。貴族のボルゲーゼ家の援助でイエズス会派の教会が経営している学校へ通えるようになりましたが、イースターのある日、ひょんな事故からローマにはいられなくなってしまい、ナポリへと逃れ、そこからさらに様々な地を遍歴することになります。本

 オペラのプリマドンナ、アヌンツィアタ
 ナポリの官能的な人妻、サンタ夫人
 ペストゥムのネプチューン神殿に佇む盲目の少女、ララ
 ボルゲーゼ家の令嬢で修道女となった、フラミーニア

※* 『「即興詩人」のイタリア』 の中で、著者である 森まゆみさんは、これらの女性たちが 鴎外の作品に登場する主要な女性たちに投影されているのではないかと言及されています。

 アヌンツィアタと 『舞姫』のエリス
 サンタ夫人と 『青年』の坂井夫人
 ララと 『うたかたの記』のマリイ

魅力的な女性たちと心を通わし、時に 狂おしいまでに愛し、あるいは 崇拝し、慰められますが 結局男女の仲になることなく アントニオはまた異なる土地へと旅立ちます。

『ゴンドラの唄』 のモチーフになった 『ヴェネツィア民謡』 を聴きながら水の都へ訪れますが、鄙びた風景は余計にこの詩人の心を滅入らせてしまった様子。ショック

「名に聞えたるマルクスの塔(サン・マルコ寺院)は思ひしよりも高からず」
ナポリの水は岸に近づいてもなお藍色なのに、ヴェネツィアの水は汚れた緑色。
ゴンドラに至っては 「水の上なる柩(ひつぎ)」

「あはれヱネチア(ヴェネツィア)とはこれか、海の配偶と云ひ、世界第一の富強者と云ひしヱネチアとはこれか」(森鴎外/訳)

「まだ人影を見ず、ヴェネツィアという名の白鳥が屍のように波の上に浮かぶのを見るだけであった」(安野光雅/口語訳)

しかし、そんなヴェネツィアも日が暮れると様相が異なり、

「淡く力のない月光が全都をおおい、随所に際立った陰影を生じたとき、わたしはヴェネツィアの真実を知ることができた。
死んだ都のひっそりした空気は、光明ではなく暗がりに似合っているのではあるまいか。
わたしはホテルの窓を開いて立ち、ゴンドラが波を切って行くのを眺め、先に少年が歌った恋の歌を思い起こした」(安野光雅/訳)

そして アヌンツィアタ、フラーミニア、サンタ夫人、ララ に思いを馳せます。

ヴェネツィアは とても不思議な魅力の漂う街。キラッ

迷路のような小路をそぞろ歩き、運河の上にかかる橋をいくつも渡っていくうちにこの街の魔法に憑りつかれてしまいます。

随筆家、須賀敦子さん(1929-1998)は 著書 『ミラノ 霧の風景』 の中で

「ヴェネツィアを訪れる観光客は、サンタ・ルチアの終着駅に着いたとたんに、この芝居に組み込まれてしまう」

と、ヴェネツィアという街そのものが劇場であると感じられたそう。

「かつて、私がヴェネツィアのほんとう顔をもとめたのは、誤りだった。仮面こそ、この町にふさわしい、ほんとうの顔なのだ」と。ジュリエットの仮面②

ところで、<報われない恋> <ヴェネツィア> そして <ゴンドラ> というキーワードが並ぶと、必然的にある歌が、そしてその歌が登場する歌劇が思い浮かばれます。

かっこバルカローレ Barcarole (舟歌)かっこ

・・・といっても ショパンのピアノ曲かっこ_p1舟歌 嬰ヘ長調 Op.60かっこ_p2の方ではありません。

まぁ ショパン作曲のピアノ曲集の中でこれが一番すきですがうふふ

答えジャック・オッフェンバック作曲のオペラ
「*ホフマン物語 Le Contes d'Hoffmann」*全4幕から

かっこ美しい夜、おお、恋の夜よ Bell nuit, ô nuit d'amourかっここと、通称 ハートカッコ*(ホフマンの舟歌ハートカッコ*)y’s

このオペラは 1881年2月10日、パリのオペラ・コミック座で上演されました。フランス

物語は、ドイツ・ロマン派の詩人、E.T.Aホフマンが 彼自身が書いた物語から 3人の女性

 機械人形、オランピア (『砂男』より)
 胸を病んだ歌姫、アントニア (『顧問官クレスペル』より
 ヴェネツィアの娼婦、ジュリエッタ (『失われた鏡像の物語』より)

との 叶わなかった恋物語を語る、という筋書です。

第4幕で ホフマンの友人、二クラウス(実は女神ミューズ)とジュリエッタによって歌われるのが 『舟歌』 。♪

しかし 実はこの歌、オッフェンバックが唯一ドイツ語で作曲したオペラ 『ラインの妖精』 からの転用なのだそうです。おぉ!

ですが、月明りに映し出されたゴンドラが 運河を滑るようにたゆたう情景が思い浮かぶこのメロディーは、やはりヴェネツィアが舞台のこのオペラにこそふさわしいのではないでしょうか。じっ

カナルグランデ・夕暮れ
    リアルト橋より、黄昏時のカナル・グランデ(2009年2月撮影)

男装の麗人である二クラウスを演じる女性メゾソプラノと娼婦ジュリエッタのソプラノによって歌い上げられるこの歌は 「これまでに書かれたもっとも有名な舟歌」 とされるそう。

刹那的な恋の甘美と 時の流れの無常さを歌い上げた歌詞は、どこか 『即興詩人』の『ヴェネツィア民謡』に、そして 『ゴンドラの唄』 に通じている気がするのは、思い過ごしでしょうか・・・

胸を病んで死んでしまう歌姫・アントニアと、『即興詩人』の主人公・アントニオに深く愛され、同じ気持ちを持ちながらも 病気で容色も美声も失い、寂しく世を去る歌姫・アヌンツィアタも重なって見えます(名前も似てる!?*)。

まぁ、台本を書いた ジュール・バルビエ(Jules Barbier) やオッフェンバックが 『即興詩人』 を読んだかどうかなんて分かりませんから “たまたま” でしょうけど。汗

この 『ホフマン物語』 は、1951年にマイケル・パウエル&エメリック・プレスバーガーによってバレエ映画が製作されています。イギリス矢印こちらYouTube

ホフマン物語
             The Tales of Hoffmann(1951)

振付は イギリスを代表する振付家、フレデリック・アシュトン (Frederick Ashton 1904-1988)

オランピア役は バレエ映画 『赤い靴』 でも主演した、モイラ・シアラー (Moira Shearer 1926-2006)トウシューズ♪矢印

Moira Shearer Moira Shearer-The Tales of Hoffmann

2001年に日本でも公開されました(於;キネカ大森)。

ホフマンの怪奇小説の中に迷い込んでしまったかのような、幻想的な世界。

THE TALES OF HOFFMAN ゴンドラ

舞台では表現しえないような、ファンタジーとドラマが交錯し、まるで 夢の中にいるような映像美。

バレエ 『ホフマン物語』 は、1972年にイギリスの振付家 ピーター・ダレルによって製作されており、牧阿佐美バレヱ団のレパートリーにも入っています(1990年、2002年上演)。

牧阿佐美バレヱ団 ホフマン物語

2010年には Noism で、金森穣さんの演出・振付にて 『劇的舞踊 ホフマン物語』 が上演されました(音楽/トン・タッ・アン)。

劇的舞踊 ホフマン物語

今年、2015年10~11月には 新国立劇場バレエ団で、ダレル版を日本人スタッフによるデザインで新製作して上演するとのことです。

「大人のファンタジー」 と紹介されているこのバレエ、どんな舞台になるのか興味津々です。sei

Rink orange世界の民謡・童謡 ホフマンの舟歌 オッフェンバック
Rink orange新国立劇場バレエ団 〔新製作〕ホフマン物語



           The Tales of Hoffmann(1951)



Barcarolle from 'The Tales of Hoffmann' - Anna Netrebko and Elina Garanca







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