100年前から現在に至る文明の発展を思えば、人間の生活圏における利便性は格段に向上しましたが、よくよく見定めてみると、それに反比例するように自由度は失われつつあります。
利便性をもたらすのは道具であり、道具の数が増えるほど利便性は高くなりますが、その道具を管理して取り扱うことに、自分の時間や労力を割かなければならないという悪循環に陥るのも道理です。
それに加えて、わざわざ自分で出来る事を人任せにするように、何もかも利便性に委ね過ぎれば、怠慢が状態化し、やがては体力も気力も低下して動くことが出来なくなりますよね。
昨日の今日で繰り返しになりますが、世の中には、人の労力や気持ちを煩わせなければ解決し得ない物事が、曖昧さの中に依然として在り、その曖昧さの中で、人は自由自在な身動きを獲得しているのです。
♪「NM 156(with lyrics)」:Queensrÿche
http://youtu.be/ORYeVuKYUrI


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