昨年の夏頃、AIが自動作曲した譜面に、アメリカのポップス・シンガー(タリン・サザン:Taryn Southern)が歌詞を付けて発表した楽曲が話題になりました。

それについての興味深いレヴューや分析の詳細は、※インターネット上で幾つも紹介されているので割愛しますが、楽曲を試聴してみた自分としては、端的に何の感銘も受けませんでした。

主観(個人的な音楽観)の云々もありますが、過去から蓄積された膨大な音楽データ(楽曲だけに止まらず、音楽理論等も駆使されています)の中から、最大公約数的に万人ウケするエッセンスを寄せ集めて形にしているというところに、クリエイティヴィティの信憑性が感じられないからでしょう。

要は、AIによる自動作曲のそもそもの動機が、万人のウケを狙うことであり、ミリオンセラーを目的とする短絡的な発想に、不信感を覚えるんですよね。
売れるから成功(是)で、売れないから失敗(非)など、AIの二進法そのものです。


これまで正直に表明して来たように、大勢の人たちに支持されたり、大ヒットした作品だから手放しで称賛し、それが素晴らしいものだという単純な観念に、自分は左右されない生き方(attitude)を好んでいます。

大好きな音楽の世界のアーカイヴにも、記録的なヒット作品や、必須とされる名曲の数々がありますが、そう評価される中にも、関心が向かなかったり、嫌悪感さえもよおしてしまう楽曲も多数あります。

実際、件の歌姫の楽曲も、AIの手によるものだという先入観に目を閉じて聴き入れば、メロディの流れも自然で、心地好い構成美も感じますが、※あくまでも在り来たりの印象でしかなく、耳の右から左に足跡も残さず消え去って行きます。


以前にも話しましたが、※多数の経験やデータの蓄積は、局面におけるアドリブとしての威力を発揮することはあっても、必ずしもクリエイティヴィティには繋がらないということ。

寧ろ、膨大なデータ量を欲しいままにするAIよりも、個人に限られた経験や、視界の範囲に数が把握出来て、身近に手に取れるという、自分に関わる物事からオリジナリティが生まれるように、本来のクリエイティヴィティの姿も、そこにのみ繋がります。


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【Real Sound:2018年1月19日】
http://goo.gl/1cnfFy

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過去のミリオンセラーからヒット成分を抽出した作為的(後ろ向き)な楽曲に、スポンテニアス(直向き)な新鮮さが感じられないのも道理です。

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呉々も他意はないのですが、読者量や蔵書の多さが文才に表れたりするとは限らず、音楽に造詣が深くともメロディ一つが思い浮かばなかったり、画材に恵まれた環境下でも簡素なデッサンさえ仕上げることが出来ない人の例も珍しくないでしょう。



♪「Field of Innocence(with Lyrics)」:Evanescence
http://youtu.be/83NwFaNAXt8





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