“※不気味の谷”という言葉は、最近は各方面メディアで話題になることもあり、ご存知の方も多いでしょう。

特にマンガやアニメ、ゲーム等のグラフィックス方面の現場で、キャラクターの造形に携わる人々にとっては、日常的なテーマと言ってもいいくらいに、非日常の対象に向き合う各々のクリエイティヴィティのセンスが問われる難題(落とし穴)でもあります。

アナログ(手描き)にしろデジタル(CG:コンピュータ・グラフィックス)にしろ、キャラクターの造形にあたって、その写実性を追及し過ぎてしまうと、仕上がった見た目は本物(生きた人間)との区別がつかない程のリアリズムをまとってはいるものの、却って中身の空虚(無機質)さが露になり、気持ちの悪い印象を放つという、造形の破綻(矛盾)に陥ります。

“不気味の谷”は、リアリズムが極まる直前と、リアリズムに突入した直後の落とし穴(スポット)の様相を指すのですが、何れにしろ日常のリアリズムの間合いに足を踏み入れ、日常に迫った時点で、キャラクターの非日常たる魅力や実存感(非日常においての存在感)は失われてしまいます。


一頃、※『デッド・オア・アライブ:エクストリーム・ビーチバレーボール(2003年)』というヴィデオ・ゲームソフトを、連日のように夢中になって遊んだ思い出があります。
女性(美女)キャラクターたちが、常夏の島で、グラマラスな身体を水着からあふれ出んばかりに躍動させながらバカンスを楽しむだけのシンプルな構造なのですが、何よりも着目したのは各キャラクターの容姿(顔立ち)の造形でした。
そこには、不気味の谷に足を取られる間際で踏み止まり、片や非日常のマンガ(二次元)的な造形をも引きずらない、絶妙のバランス感覚が保たれています。

その後、開発チームの主要人物(並びにメンバー)の手を離れたシリーズは、オリジナルのキャラクターや世界観は引き継ぎつつも、ゲーム・マシン(Xbox)の更なる高性能化に伴い、意を決したかのようにリアリズムへの傾倒も増して、件のバランス感覚の魅力が薄れたように思えます。

まぁ、それもただの個人的な主観(1つのセンス)なので、以降も続くシリーズの開発者やファンの方々には、他意はありません。


ふと、そういえば... ゲーム機を手を触れることから遠ざかって久しい現状です。
遊ぶ暇がないという理由に過ぎないのですが、業界はいま不気味の谷の問題に、どう対処しているのでしょうね。
知らぬがホットケのナントカでトボケているくらいが、自分には丁度よいのかも知れません。


^※
【uncanny valley】:不気味の谷現象
Wikipedia▼
http://goo.gl/ptt1pe

^※
【デッド・オア・アライブ・シリーズ】
Wikipedia▼
http://goo.gl/QLyQo6



♪「1959」:Patti Smith
http://youtu.be/CxmXvvO5mrc





^*動画、及び添付のドローイングは、本文の内容に関わり合うような意味はありません。