こんにちは。

あもんです。


昨日、私がとても憧れて尊敬する水島さんの講演会があったので出席して参りました。

水島さんとは南米の最南端 ウシュアイア でやっと、やっと、お会いできた方です。
水島さんのお噂は、アメリカ大陸に入って間もない頃のメキシコで聞きました。
中南米のバックパッカーは、アジアやヨーロッパに比べ ツワモノ が多いです。
その、ツワモノ バックパッカーに噂される程水島さんの旅のスタイルはとても素敵でユニーク。
噂を聞く度に、どんどんお会いしたいという気持ちが膨らんでいきました。
メキシコ・ガテマラ・エクアドル・ペルー・ボリビア・ブラジル・パラグアイ・・・・。
全てがあともう少しで・・・ってタイミングで噂の人にいつも会えなかったのです。
でも、やっっっっと、最果ての地ウシュアイアにてお会いすることができました。
お会いでき、しかもとても嬉しいことに、一緒のお部屋に寝泊まりすることができましたドキドキ
$どこへ行こうかな???-ウシュアイア(ウシュアイア)

水島さんはバイクで旅しているご夫婦です。

私は最初バイク2台で旅行しているのかと思ったら、よくよく聞くと1台でしかも2人乗りです。
そう、驚くことにご主人が奥様を後ろに乗せて運転してはったのです。

2人とも中南米を旅行するときに必要なスペイン語はできません。

そして、最も驚いたのがお二人の年齢。
ウシュアイアでお会いした時のお二人の歳は・・・・

63歳!!

あの・・・・、
お二人の年齢を足したワケではありません。
お二人の年齢を足すと126歳です。

すごい!!素晴らしい!!素敵!!


そんなお二人の講演会に行ってきた簡単なレポートです。

水島 治 さん 安子 さん 

あしスローガン
オートバイによる “チャレンジ” “発見” “感動” 冒険の旅。
2007年アフリカ大陸縦走以降 「“チャレンジ” “発見” “感動” “学び” 冒険の旅」となる。

あしきっかけ
ご主人の水島 治さまは小学校5年の時にお父様が亡くなられました。
お父様が亡くなられる前に語っていたインディアンが住んでいる国・恐竜が住む島・バイキングが住んでいる国・原猿の島等に行きたいっと思っていたそうです。
ず~っと暖め続けた夢を、勤めを終えた歳から実行。
バイクを選んだきっかけは、務めていた会社が2輪&4輪を出している会社ということもあって、バイクで旅にでようと思った。(本人曰く、2輪・4輪には全く興味がなかった。)

あし準備
旅に出る2年前から4つのモノ(事?)を準備した。
1 体力づくり=トレーニングをし、2年間でー(マイナス)15kg減量した。
2 バイク  =友人のおすすめバイクを選ぶ。
3 言葉   =「よし!外国語を勉強するぞ!」と友人に言ったら、友人が人の顔をマジマジと見て
        「しゃべれる前に、死ぬんじゃないの?」と言われ、やめる。
4 情報   =最初は無線を勉強しようと思ったが、PCに切り替えパソコン教室に通った。

あし信念
自分を信じ、できるだけ道でつないだ旅をする。

1999~2000年 ニュージーランド1周(治さん単独)
バイクによる、初めての旅 

2002年 ユーラシア大陸横断 
シベリアではポリスに度々つかまる。
その都度お金を要求される。その度に腹を立ててた。
 ある人が、「その国に行って”旅をしているのではなく、旅をさせてもらっている”と思わなきゃだめ」という。
その言葉を聞いてから、腹がたたなくなった。

2003年 オーストラリア大陸1周(治さん単独)
2万キロの道のりを道を間違えるなどして、計4万キロ走る。
途中さそり・ヘビなど出る地帯がありキャンプできず、13時間さまよう。
自分の力の限界を知る。
「無茶はいいけど、無理はだめ。」

***
治さん曰く、料理ができない。今までの一人旅で相当やせた。だから、料理ができる奥さんを誘った。
***

2004年~2006年 北南米大陸縦走 (以後、タンデム(夫婦2人乗りライダー)となる。)
恐竜の住む島?ガラパゴスで8時間漂流する。迎えに来たボートはゴムボート。
夜中の1時すぎにホテルに戻る。
ペルーで7人組の強盗に会い、貴重品等を盗られる。
泥棒宿に泊まってまたしも、盗られる。
クラッシュして、治さん肋骨2本骨折。
ヘルニアになる。
等のアクシデントにみまわれながらも、克服。

2007年 アフリカ大陸縦走
世界最大?人口80万?人・人・人だらけのスラム街キベラ訪問。
川に汚物を流すけども、その水で炊事することにショックを受ける。
キベラで寺子屋を運営するリリアンさん・診療所を運営するフレパルスさんに深く感銘を受ける。
キベラの子の楽しみ=1日1食の寺子屋で給仕されるご飯。
行き場の失った子どもたちにリリアンさんの3つの取り組み。
 1心を開かせる。(ぎゅっと抱きしめる。)
 2一人で生きる手助け。(全てを手伝うのではなく、一人でさせて自立させる。)
 3いたわりを持たせる。(お年寄りを敬うことなど。)
$どこへ行こうかな???-講演1
スーダンでは7日しかビザをもらえず。
ひたすら悪路を走り続け精神的なプレッシャーからも1日で4kg痩せたときもあった。
どこでも水がもらえたが、その水はバケツの水でボウフラがわいている。
 バケツを叩くとボウフラが沈み、上ずみのきれい?な水を飲む。
最終的にバイクと荷物をスーダンからエジプトに送る。
宿の主人がお金も受け取らず、手続きを全てしてくれた。
バイクと預けた荷物全てをエジプト側で受け取った時、宿の主人を疑っていた自分が恥ずかしくなった。

「欧米式のお金で解決する方法が本当に人を幸せにするのか!?
 確かな真実。
 知識で知っているつもりでも役にたたない。
 どんな小さなことでも挑戦し、体験から学ぶことが重要だ。」

2008年 北欧周遊
亡き父の語ったバイキングの里に訪れる。

2009年 オーストラリア1周
2度目の挑戦。


旅の写真とからめての、講演会でした。

 治さんのお話は、奥様の安子さんと一緒になってからの方が目が輝いていましたキラキラ目
講演会では、「料理ができるから奥様を誘った」と照れ隠しも含めて言ってはります。
でも、私は「本当は最愛の安子さんと一緒に色んな事を共有したかったのだろうな~」と思いました。
だってね・・・・、
治さんの講演会の写真では半分位の写真に奥様が写ってはりました。
$どこへ行こうかな???-講演2
自分と違った視点や興味を持つパートナーと一緒に行動することは今までとは違い、物の見方や感じ方がもっとクリアーな感じになります。
私の場合ですが、旦那様に出会うまでの間ほとんどが一人旅でした。
しかし、彼と会って一緒に旅行するようになり、今まで自分が興味を示さなかった対象に彼が関心を持ったりすることで、改めて気づく、「気付き」がありました。
また、苦しいこと、楽しいことを一緒に乗り越えると、より絆も深くなります。
二人で居ることは苦しいことのシェアができ、楽しい事は倍以上になります。
きっと治さんもそうだったのではないかと思います。

 安子さんのお話も体力づくりはしたものの、頭で描いていた理想(バイクの後ろに乗って、景色を楽しみながらの旅行)と現実とは大きく違い、実際のバイク旅行は当時63歳(南米の時)の女性には非常に厳しかったようです。
何ヶ月か過ぎた頃からか余裕が出、夫とのバイク旅行が楽しくなり始めるようになったそうです。
「こんなチャンスを与えてくれた夫に感謝し、これからも二人三脚の旅を続けたい」と締めくくってはりました。


お二人の講演会を聞き、新たなる夢と希望が持てました。
もう、年だから・・・・なんてあきらめちゃイケないんだなぁ。
困難なことがあっても前に進み、自分の夢に向かってすすむ姿はとても素敵です。
また、お二人のお互いの愛の深さ・いたわり・信頼感、とても美しくシビレてしまいました。恋の矢
素敵なお話ありがとうございます。
$どこへ行こうかな???-ウシュアイア2(ウシュアイア)






追記
水島夫妻の冒険について詳しくはこちらをクリック→水島さんのブログ