広島市南区宇品港を歩く1
放浪日:2024年5月5日
放浪場所:広島市南区宇品
この日のぶちうまいじゃん!広島旅は
広島市南区宇品と言う地区を選びました
訪れたのは【ニコカレー】さんと言うカレー屋さんです
元芸人さんが出店したお店でしたw
↓その時の記事です
食後に【広島港】をあもん旅して観ました
【広島港】は広島市周辺に位置し
旧宇品港を中心とします
広島らしく瀬戸内の島々に囲まれた港であります
島への船や小さな商船が出航する旅客ターミナル付近です
大きくはありませんが地域住民の憩いの場となっています
見渡せるのは瀬戸内の島々です
一番近い島は【金輪島】です
元々は軍の工場があった島で島民は66人
島の多くを造船会社が所有しています
↓2014年に金輪島をあもん旅した時の記事です
海上保安部の桟橋もあるのですね~
もし何かがあっても強い味方がいる【広島港】です
ここで【宇品港】の歴史を学んで観ましょう
広島発展のきっかけは武将毛利輝元が
“太田川デルタ”の上に【広島城】を築城した事から始まります
元々島であったこの界隈は【宇品新開】として陸続きになりました
広島城築城と共に多くの物資が城下町に運ばれるようになり
この界隈は船町として賑わうようになります
江戸時代に福島正則が入城すると商工業を活発にします
その流れによって川筋の町人町は活気であふれていたそうです
広島城主が浅野氏の時代になると内海諸地域の船舶だけでなく
他国船が来航するようになり好景気に包まれていきました
絵は“厳島管弦祭の御供船”だそうです
1880年・明治13年に千田貞暁が県令になると
広島県の産業振興には港湾整備が不可欠であると提唱し
1889年・明治22年に【宇品港】が完成しました
1894年・明治27年に山陽鉄道が広島駅まで開通し
広島駅から宇品港を結ぶ軍用鉄道として“宇品線”が敷設されました
戦後は貨物専用線となっていましたが
1986年・昭和61年に宇品線は廃線となっています
1930年・昭和5年に商業港修築工事計画が決まり
この頃から【宇品港】は
【広島港】と改称されました
港が大きくなったので近くには工場が出来き工業港にもなったのです
戦後は外国貨物船のための岸壁整備がなされ
1970年・昭和45年には外貿ふ頭が完成しました
地元では【1万トンバース】と呼ばれ
親しまれたのでした
また、県営桟橋と市営桟橋もでき
旅客小型船も多く出航するようになりました
【宇品港】は1989年・平成元年に築港から100年を迎えました
そのイベントのひとつとして
【新日本丸】が宇品外貿ふ頭へ寄港したのでした
そんな歴史がある2024年5月の【広島港】です
広島人の多くは【広島港】のことを【宇品港】と言います
その名前の方が馴染みあるからなのでしょうね
あもんの幼き頃の記憶に比べて随分と綺麗になっています
さらに最近は新しい建物が出来たようで!
お洒落なカフェなどができたりして
若いカップルデートに使われているみたいです
外国人にも分かりやすいメニューとなっています
店名は【24/7 coffee&roaster ujina】さん
読み方が分からない程にオシャンティーですw
そうそう!あもんの記憶にあるのは、ここは倉庫群でありました
観光客はあまり立ち入ることが無いエリアでありました
【宇品デポルトピア】という名所に進化したのね!
なるほど!デポルトピアは造語だったのね!
貨物船の大型化により小さな【宇品港】は使われなくなり
その倉庫群を、民間活力を導入して
商業施設に変換を遂げた【宇品港倉庫群】でした
ということで、続きます





























