かつて縄文人が生活していた【嬉野温泉公園】では公園ワークができる程進化していた! | あもん ザ・ワールド

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佐賀県嬉野市を歩く3

放浪日2019年8月15日

 

江戸明治大正昭和を感じられる建物が多くある【嬉野温泉】を歩いて観ています

温泉街の橋を渡ると広い公園になっていました

市民の憩いの場として使われているのでしょう

ええっ縄文人が生活した場所なの!

ということは、今は遺跡の上を歩いて観ていることになります

ポツンと舞台がありました

お祭りの時とかに役立ちそうです

もしかしたら、縄文人もここで祭祀などをしていたのかもしれません

現代では“町のリビング”となっていて、しかもWi-Fiフリーです

かつて住んでいた縄文人が聞いたらびっくりするでしょうね!w

川を見ながらお弁当を食べられるスペースがあります

さすが、町のリビング

かつて住んでいた縄文人も現代人と同じようにここで食事をしていたかもしれません

ここでは、Wi Wi Wi-Fiが飛んでいるそうですw

ワイワイとWi-Fiが飛んでいるのでしょう

ちょっと椅子が高めな気がします

ここに座って、バーの様にお酒を飲めるってことですか?

えっつ!コンセント付き!!!

ここは、公園のベンチですよ!

さすが、町のリビングです!

ここで、在宅ならぬ、公園ワークができるではありませんかっ!

公園にはもうひとつ、赤い橋が架かっていました

橋フェチとしては確認しておきたいところです

ん?“新湯広場”と書かれていますよ

これは、赤い橋を渡っていかなければ!

なんですか?この石柱は?歴史を物語ってそうです

大演習を見学する外国武官が宿泊した所でした

日清日露戦争の頃は外国の武官が戦争を見学することがあったと聞きます

大正15年に嬉野温泉が株式会社になったの?

この二つが何故並んでいるかは、不明です

日本百景嬉野温泉と書いています

1972年に新聞社が主催して百景が選ばれたそうです

九州の温泉では唯一の選出でありました

さて、赤い橋を渡って観ましょう

意外と長くてアップダウンがある橋です

東京オリンピックが開催された、昭和39年生まれです

東京改造で忙しい時期によく出来上がりました

“おんせんばし”という名前です

塩田川がちょうどクランクしていて川幅が広い所に架かっています

川の最高水位を考慮してなのか?両岸の高低差を解消するためか?

橋のアップダウンを観ながらそんな妄想をする、橋フェチですw

【新湯広場】に着きましたよ!

足湯があると予想していましたが、何もなかったw

おお!カメラスタンドがある!

あもんの様なボッチ旅の自撮りに活躍しそうです

一瞬、ここはヨーロッパか?と思ってしまいます

それだけ、【シーボルトの湯】の存在感は強いのです

“温泉橋”の全景も眺められるスポットです

そして、カメラスタンドを使わなかったという、天邪鬼な旅人ですw

ここは、温泉三区だったのですね!

『おまえ、何区?俺、5区だけど』と言う会話が嬉野温泉にはあるのでしょうw

仲良くなれそうな電気屋さんです

よく考えたら、キャラになっている裸電球って見なくなりましたね

ごく普通のお宅だと思ったら

キッカケをつかむとこ【うれし庵】でした

我ながらよく見つけたと思いますw

素敵建物が並んでいますね

入り口の世界観が凄い 佐賀めし【ふく田】さん

全体的にボヤけた世界観を演出しているのは、曲線を巧みに使っているコトかな?

個人的には理容【カモハラ】さんの世界観が好きです

自信満々のドヤ顔の様な世界観ですw

やきとり【戦国】さん

徳川家康が何故かレバー、千姫が何故か砂ずり

一番何故かなのは、本能寺が鳥皮です!

その他のメニューがとても気になります!!

 

ということで、続きます