福岡県糟屋郡志免町を歩く1
放浪日2019年8月12日
福岡県田川市から福岡県糟屋郡志免町へ向かいました
ここ、志免町には元国鉄志免鉱業所の産業遺産があると聞いたからです
おお!なんか、産業遺産っぽい建物が見えてきましたよ!
ん?結構な大きさですよ!マンションのようですが
下部に足場があるけど、どういうことでしょうか?
急いで、近くに行って観てみましょう!!
それは、大きな公園に聳え立っていました
10階建てのマンションレベルの高さです!
この建物は【旧志免鉱業所竪坑櫓】です
志免町のシンボルとして地域に愛され続け
2009年に国の重要文化財に指定されています
ん?このトンネル入り口みたいなのは何ですか?
閉鎖されていますが、地下へと行くトンネルのようです
“第八坑連卸坑口”でしたか!
ここから930mもトンネルが続いているのですね
30度の角度がよく分かります
滑り台にしたら楽しそうだw
大きな石炭運搬機械だったのですね
是非とも、現役時代を観てみたかった
現代は大きな公園にニョキっと出ています
【旧志免鉱業所竪坑櫓】と並んで
素敵な“石炭産業遺産”であるでしょう
こちらにはもう一つの坑口がありました
小学生時代に見つけたら、秘密基地候補NO.1にしたでしょうw
こちらは、5度でした
秘密基地には丁度いい角度ですw
広さも丁度いいし、あの台座はテーブルになれそうw
おお!これは、石炭の痕跡ですか?
角度が40度ですか!
秘密基地候補としては、ちょっとキツい!
↑なに目線で観ているのでしょうかw
これぞ、“働く建物”です
動いている姿を観たかった~
スキップと言う石炭を入れる箱が自動でひっくり返るシステム
当時の石炭採取レベルの最先端だった気がします
【旧志免鉱業所竪坑櫓】と並んで
素敵な“石炭産業遺産”であるでしょう
ほう!ここは、海軍の施設であり、国鉄の施設でもあったのか!
まさに“国を動かしていた建物”と言えるでしょう!
だから、こんなに貫禄があるのかっ!!
思わず見惚れてしまいそうな貫禄です
そして現在は、町の記憶を未来へ繋ぐために絶賛工事中です
よく観ると、老朽化が激しい
生まれは昭和16年から19年らしいです
昭和16年は太平洋戦争が始まった年です
御年76歳ですか~
よくぞ、ここまで残ってくれました!
お疲れ様です!!
残念ながら立ち入り禁止でした
町の記憶を未来へ繋ぐために
今日は遠くから眺めるだけにしておきましょう
外部足場が設置されています
外壁の修繕が行われるのでしょう
外壁が風化して所々で薄くなり、鉄筋が見えている所もありますね
これは、建物にとって危険な状態です
でもこれが、御年76歳の皺とも観られて貫禄もあります
今は観られない足元の部分
修繕後、どのような姿を見せてくれるのか、楽しみですね
10階建てのマンションレベルの高さなので
志免町のシンボルタワーの様なモノでしょう
志免町の皆様は、このシンボルタワーとの人生があるのでしょうね
ちょっと羨ましい気分もしますね~
シンボルタワーの周りは大きなグラウンドで
少年たちが野球をしています
ホームランボールは取りに行くことができません
ホームラン打ったら仲間から怒られるかもしれませんw
ドローンも禁止です!
国の重要文化財である【旧志免鉱業所竪坑櫓】はのぞき見できませんから!
ということで、続きます