この物語は『半フィクション』です
どれが現実でどこが妄想なのかは
読み手であるあなたが決めてください
この物語は1996年から1997年の
あもんの記憶の中の情報です
現在の情報とは相違がありますので
ご理解ご了承お願いします
『あけましておめでとうございます』
1996年の年が明けた時、あもんは珍しくも実家にいた
1993年の春に実家を出てから初めて家族で正月を迎えた
別に実家で問題があったわけでもなく実家が恋しくもなかったので帰る必要はないと思っていた
親からは毎月の仕送りと共に段ボール箱に米やレトルト食品が送られてきた
その度に感謝の電話はしていたが別にわざわざ帰る必要がないと思っていた
それよりもあもんは自分一人で自分探しがしたいという願望が強かったということだ
約3年ぶりに息子を見た親はどう思ったのだろうか?
『やせたね~ちゃんと食べよるん?』とあもん母は言ったが
久しぶりの対面はなんだかムズ痒く、なにより自分の事を聞かれるのが恥ずかしかった
だから親とはあんまり話をせずに自分の部屋に入っている時間の方が多かった
というもの、今回、広島に帰ってきたのは別の理由があったのだ
アミミと出逢ってから悩んでいる“恋”というもの
脳ミソがグチャグチャになるくらい考えたけどそれに答えはまだなかった
そしてそんなムラムラが年末のあもんに充満していたのであった
だから、誰かに相談すればいいと思った
しかし、R2のメンバーにもキグナス石油にも助言してくれそうな朋はいなかった
良く考えればあもんは恋バナを話題にしないタイプであった
恥ずかしいというのが念頭にあったかもしれない
しかし、今回の悩みは大きいものであった
とてもあもんの小さな脳ミソでは処理できる問題ではなかったからだ
あもんが相談相手に選んだのは“モチさん”であった
モチさんとは海田高校応援団OBの一人でありあもんの6歳上の先輩である
モチさんの時代はリアルビーバップな時代であった為、この頃の応援団員は気合いが入っている
勉強好きなモチさんは現役で卒業することなく休学と言う形で社会勉強を始めた
そしてあもんが高校2年生の時に勉強が好きだということで復学し見事に卒業をした気合いの入っている先輩である
バンドと喧嘩が好きでそれより好きなのは応援団だった
あもんも1年生の頃からシゴイてもらっている先輩であり
あもんが3年生最後の演舞を創った時も一番にモチさんに見て貰ったほどの信頼のおける先輩である
加えてモチさんのギャグセンスも見習うところが多くあり
シュールなギャグはどんなものかをあのふかわりょうより早くあもん達に教えてくれた先輩でもあった
そんなモチさんにあもんは大学2年生の時、本州最南端の佐多岬でバッタリ会った
あもんもモチさんもロングツーリングの最中で時間的に余裕が無かった為に話は挨拶程度だったが
その時モチさんは家の電話番号を教えてくれた
そんな時、間を開けず用も無いのに電話するのが可愛い後輩なのだろうが
あもんはその紙をアルバムにはせて存在を忘れていたのであった
偶然、年末の大掃除の時にそのアルバムを見てモチさんの存在を思い出した
モチさんは今、広島でハードロックなバンド活動をしながら郵便局員として働いているらしい
赤いチャリに乗って郵便物を届けるモチさんを想像してみたが想像することが出来なかった
あもんは正月早々、モチさんに電話をかけてみた
もちろん、モチさんに電話するのは生まれて初めてだった
『だれじゃ?』
モチさんはドスの聞いた声で受話器を取った
それにビビったあもんは恐る恐る声を出した
『あの~第30代のあもんですけど…』
その声を聞いたモチさんは一瞬のうちにテンションが上がった
『おぉぉぉおお!あもんか!ひさしぶりじゃの~なにしよんな~』
『お前が電話かけてくれのはめずらしいの~』
『はい。お久しぶりです。でもさっきのモチさんぶち怖かったんですけど…』
『おーおーすまんの~最近変な姉ちゃんからいきなり電話かかるようになっての~』
『いきなりワシの担当になったエリカです!とか言うんじゃ~』
『なんか知らんけど仲良くなっての~それで、デートの誘いを受けたんじゃ~』
それを聞いたあもんはハッと驚いた
そのエリカはあもんの部屋にも電話をかけてきたデート商法の女である
デートに誘ってニセ彼女となって高額な絵や宝石を買わせる商法の女である
『えっ、モチさん、それでそのエリカって女に会ったんですか?』
『おう、会ったで、なんでも明日福岡行くけん、今すぐ会いたいとかぬかしよったわ~』
あもんと全く同じ手口である
やはりこの手口には一定のマニュアルがあるみたいだ
それにしてもエリカは福山から広島までの広範囲で営業をしているとは凄いと思った
『それで、そのデートどうなったんですか?』
『ほうよ、デート行ったらやけに馴れ馴れしくての~じゃけど悪い気せんけん、ラッキーと思ったんじゃ』
『そしたら、変なビル連れていかれて、一瞬のうちに変な男共に囲まれたわ~』
『一生の糧になる絵を買えとかぬかしよるんじゃ~』
『わしゃ~そこでブチ切れてしもうての~ワシに絵が似合わんのはバレバレじゃろ~』
『逆に脅したら、すみませんでした。帰ってくださいって電車賃くれたわ~』
さすがリアルビーバップ世代で第一線を歩いていたモチさんである
これぐらいの修羅場はまるで幼稚園のおままごとの様な感覚だったのだろうか?
逆に、モチさんを誘ってしまったエリカが可哀想にも思ってきた
『まっ、あいつらは大したこと無かったけど、あまりいい気はせんかったわ』
『それからちょっと人間不信になってしもうての~電話を取るのに気合いを入れるようにしたんじゃ』
意外にも繊細な心を持ったモチさんを垣間見た気がした
あもんはモチさんに聞いた
『そんで、そのエリカって可愛かったんですか?』
『おう、ぶち、ワシのタイプじゃったわ』
『あの子に仕事辞めさせて彼女にしようとしたら、泣いて逃げられたわ!あはははは』
あもんは一瞬、モチさんに恋について相談しない方がいいかなと思ったが
電話をかけてしまったから仕様が無い
あもんはモチさんに相談があるから会いたいと伝えた
『おお、ええで~ワシにとっては応援団の後輩は全員一生弟みたいなもんじゃけんの~』
モチさんは最後に熱い言葉をあもんに言って電話を切った
『おお~あもん!久しぶりじゃの~』
大学2年の夏以来に見たモチさんは全く何も変わっていなかった
細いGパンに短い革ジャンを着て大きなサングラスをかけていた
髪型は見事に四角く直角にとんがっている
『お前!なに眠たそうな顔しとるんじゃ!あはははは!!』
このセリフはモチさんがあもんに必ず言う台詞である
あもんの腫れぼったい眼を差して言っているのだろう
何も変わっていないモチさんを見てあもんは少しホッとした
モチさんとは海田の居酒屋“養老の滝”でまず飲んだ
モチさんもあもんと同じライダーでもあってバイクネタは話が尽きなかった
あもんの北海道ネタを食いつくように聞いてくれた
肝心のことを言えないままあもんとモチさんは3時間飲み続け
それからはモチさんの馴染みのスナックで飲むことになった
モチさんはスナック“レン”にあもんを連れていきモチさんとママと3人で飲むことになった
ママはモチさんと同級生であり応援団ではないが海田高校出身であった
よってママもリアルビーバップを謳歌した中のひとりだった
あもんはそこでチャンスだと思いママも交えて“恋”について相談しようと思っていた
『モチさん、恋って何なんでしょうか?』
あもんはその言葉を皮切りに今回のアミミとの出来事を細かく語った
それを聞いたモチさんは静かにグラスを置きあもんを見て言った
『そんなん、知るわけなかろうが!』
良く分からないがもうすでに出来上がっているモチさんは声が大きくなっていた
『つまらん相談するな!恋?それはカープのことか?』
『カープは最近、元気ないけどの~それでも必死に広島の街をお泳いどるんじゃ~』
ダメだ、失敗したとあもんは思った
そもそもモチさんは恋愛などしたこと無いような雰囲気である
モチさんはデート商法の手口に引っかかるほどまっすぐな性格であり
今回のような恋愛をクリアできるほど器用とは思えない
あもんが残念がっていたらモチさんは逆にあもんに質問をしてきた
『あもん、応援とはなんぞや!』
あもんはそれを聞いて酔いが覚めた
“応援とは”という問題は海田高校応援団なら誰もがぶつかる難題である
時代に反した集団である応援団にあって
極めるモノを定めるのがまずやらないといけないことなのだが
これがまた、奥が深すぎて難しいのである
何故?獰猛な猛暑の中で学ランを羽織り他人の為に情熱を燃やす?
一般論としてはあもん達応援団は馬鹿である
しかし馬鹿も承知であもん達は応援道を走り抜いた
血潮を燃やし朋を想い己とタイマンを張り涙と共に燃え尽きる
先輩からの問いには答えないといけないのが後輩の役目である
あもんは必死に高校時代を思い出し考えた
そして考えた末にモチさんに恐る恐る言ってみた
『応援するのは“守りたいモノ”があるからじゃないですかね』
モチさんはあもんを睨んで言った
『ほうか、お前が今、そう思とったら、それが正解じゃ』
『恋とは“守りたいもの”があるということじゃ』
『ええか、恋は応援道の途中じゃ』
『守りたいものが見つかったら応援すりゃエエ、それが恋じゃ』
『恋をしたら魂で応援道を歩け!』
『そしてお前も海田高校応援団ならそれに情熱を燃やせ!』
そうか~そうなのか!あもんはモチさんの考えに納得をした
世間的には良く分からない理論かもしれないが
結局、モチさんにとって恋というのは人生の中で大したことがないらしい
それよりか男が一生追い続けないといけないのは情熱であるという
幾ら年を重ねても情熱さえ消さなければ解消できないモノは無いとまで酔いながら言いきった
あもんは結局、モチさんワールドに引きづり込まれ、モチさんの言うことが正しいと思うようになってきた
『ほうじゃ、ママ、これ歌ってくれ』
モチさんは一息入れようとしてママにカラオケ薦めた
モチさんが何故この歌をあもんに聞かせようかと思ったかは未だに解読が出来ない
きっと軽いギャグで重い顔をしたあもんを笑わせようと思ったのだろう
その証拠にあもんはきっちりと『なんでこの歌なんですか!』と笑いながら突っ込んだのであった
ママがテレサテンの歌を歌い終わった後モチさんはあもんに言った
『ほいで、あもんはどうしたいんじゃ?』
『えっ、じゃけぇ、どうしようかと悩んどります』
『アホか!自分がどうしたいか悩んどる時は他人に相談するんじゃない!』
『お前は他人が指差した方向しか行かれん奴か!』
『ええか、悩みはどうしたいか決めてから他人に相談するもんじゃ』
『道の築き方はいくらでも教えちゃる』
『じゃけど、どの道を歩くかは自分で決めんかい!!』
酔っ払ったモチさんはあもんに怒鳴った
あもんは一気に酔いが覚めた気分であった
海田高校の校訓であもんの人生訓にもしている言葉がある
“己を見つめ 他を敬い 共に歩む”
この人生訓に今回のあもんの恋の悩みを当てはめると
一番最初にクリアしなくてはいけない“己を見つめ”にも到達していないことが分かった
モチさんの言うとおり自分の道は自分が決めないといけないモノであり
ある壁にぶつかった時、見つめるのはまず己である
己の力を見定め、それに情熱を加えて、己の天分を限りなく伸ばす
この壁を素手で壊すのか、よじ登るのか、この壁を避けて他の道を探すのかは己しか決められない
他人が決めた道はあくまでも他人の道なのだから
仮にこの壁をよじ登ると決めた時、どんな作戦で攻略するのは他人の意見を聞いてもいい
先人が乗り越えた技を習って登ってもそこに後悔がないからだ
だが『梯子をかけて登ったら簡単だから壁を登ればいいよ』
と言われて登ったことは攻略とは言わないものである
あくまで、梯子をかけて登ることを自分で決めた後にどんな梯子がいいかを相談するものである
今回、あもんは自分でどうしたいのかを決めて道を歩む
そしてアミミやアミミの不倫相手を敬い共に歩む
ここでいう共に歩むとはお互いに納得しあって人生を歩むという意味だ
あもんはモチさんに『押忍!』と言った
ニコって笑ったモチさんは最後に少しだけヒントをくれた
『あもん、お前はスラムダンクを読め!』
最後の助言は少し違うと思ったがこれもモチさんの凄い処である
インパクトのある言葉で最後を締め自分の名言を浮遊しないモノにしたのだから
続く