火垂るとあもん

2009年12月記

平成２１年１２月４日
兄ちゃんはまだ、死んではいなかった

『おうち、焼けてしもうたん？』

セツ子、ごめんな
お兄ちゃんは家族で食べる夕食がなんだかむず痒くて
決まって外食をするようになったんや

『目がいたいねん』

セツ子、ごめんな
お兄ちゃんは見ないといけないものを見えないふりをして
見ていることに気づかれたくないからサングラスをかけてたんや

『お母ちゃんとこ行きたい』

セツ子、ごめんな
お兄ちゃんはお母ちゃんが口うるさく言うことが嫌で
『バカヤロー』と怒鳴ったりしてたんや

『おなかすいた』

セツ子、ごめんな
朝は忙しいからとかっこつけて朝食を取らず
付き合いですとかっこつけて毎夜飲み歩いたりしてるんや

『お母ちゃんのおべべあかん。あかん。いやや。いやや』

セツ子、ごめんな
この服はもう流行っていなないからといってゴミの日に出したり
虫が食べるほどたんすの中にほおっておいたりしてるんや

『セツ子…』
『ドロップ水はおいしかったか？』

戦争が終わって
良かったと笑える人はそれでもいい
大切な命を失った笑えない人は
泣いてばかりではいかんと歯を食いしばったんや
『もう、言わんといて』とあの夏の日を忘れようと努力したんや
セツ子のことは忘れてへん
だけどな
セツ子のこと思い出すと
涙ばかり出よるねん
家から出られへんねん

『セツ子…』
『もう、あの夏の日忘れてもええか？』