ナベツルはシベリアで繁殖し、2000kmの旅を終え日本に飛来する
江戸時代には山口県県下ほぼ全域でナベツルが飛来していた
萩藩、徳山藩は毎年ツルを捕獲し、幕府に献上をしていた
当時の藩主は独占的な権利を使い、一般庶民の狩猟を禁じていた
その結果、山口に飛来してくるナベツルは乱獲されず、保護されていた形となった
明治時代以降、狩猟が解禁され乱獲が始まる
瀬戸内海沿岸は海運事業や鉄道の施設の為、多くの干拓地や塩田が埋め立てられる
しかし八代村の人々はナベツルの狩猟禁止を嘆願し、山口県令により狩猟禁止となる
昭和に入り、ナベツル飛来数は350羽を越えるまでになる
しかし戦後、ナベツル飛来数は激減する
政府の減反政策により水田が植林し始め
農家の過疎化により水田の放置が多くなり、ナベツルの餌場が無くなっていった
八代周辺の都市化もそれに拍車をかける
平成6年八代では保護活動を開始
耕作放置田を公有化し、ねぐらや餌場を確保し
飛来時期での一般人の侵入禁止処置もとった
しかし、若いナベツルが飛来してこないという現実に直面
そうなると毎年飛来する親ツルが死滅すると飛来数はゼロとなる
平成10年八代では誘因事業を開始
デコイ設置でナベツルを誘うことを試みる
デコイとは偽のナベツルのことだ
上空を飛ぶナベツルに見つけさせ下りさせることや
縄張り争いに負けて飛び立っていくナベツルを引きかえらせることが目的
結果は成功とされた
しかし飛来数の増加は期待できなかったのも現実だ
2007年は過去最少の9羽の飛来数だった
そして、現在も八代はナベツルが帰ってくるために
新たなる試みを実施している
僕はこの八代で「家族」ということばを綴った
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『島国からの贈物』
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『ナベツルが降り立つ地』
2006年1月16日
ここに ここの 水があって
ここに ここの 土があって
ここに ここの 空気があって
ここに ここの 人達がいるから
ナベツルが帰ってくる
ここはきっと
ツルにとって 君にとって 僕にとって
同じ ふるさと
ここに 団欒の灯りがあるから
ツルも 君も 僕も
一緒に 越冬する
ここに 団欒の安らぎがあったから
ツルも 君も 僕も
今年も 飛び立てる



