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私は母の再婚に反対ではありませんでした。むしろ…寂しいなら良い人に出会い、幸せであって欲しいと思っていた。

ただ母が誤ったのは…家族を見捨て、自分だけの幸せを選んだから…。今、私の母のような母親が増えたように思います。

私が「シングルマザーさんは、ぜひ豊かな再婚をして欲しい」と述べたのは、10年間の母の孤独の闇は、娘の私にとって幸せでは無かったからです。もし…母が素敵な男性と結婚して「幸せだよ」と言ってくれていたら、きっと私の人生もまた幸せだっただろうと思えたからです。

余談ですが…私は「女」より「母」を選んだので、申し分なく今は幸せです😍

もう…24年くらい前になりますが、元旦那と1度目の離婚をしました。頑張って一人生きて子育てをしていましたが、良き男性と知り合いました。でも彼は「仕事の関係で九州に行く事になった。子供と一緒に来て欲しい」と言った。

悩みましたが、私は母の内縁の男を決して好きにはなれなかったし、いつも母が汚らわしいと思えて仕方なかった。

私が、母ではなく「女」を選んだら…きっとこの子達もそう思うだろう…と思い私は一生「母を選ぶ」と決意して、その人を見送りました。後に元旦那と復縁をしましたが、3年前に離婚🤣🤣

改めて「覆水盆に返らず」🤣🤣を悟りました🤣🤣🤣

でも…今「母を生きる」事を選んだ自分に誇りを持っています。

子連れで再婚しても良いのです✨むしろその方が良いと思う…。

ただ子供を犠牲にして、ただただ女を選んだら、私の母の様になりかねない。

急がず「母として生きる貴女を…女として愛してくれる人」

そんな男性が豊かな人と私は思います。


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私が結婚して23歳になった年に、重い病気に掛かった母は、その男に捨てられ帰って来た。

そのまま母は、10年の介護生活を送ることを余儀なくされた。

母が入院し手術をしている最中…名古屋の男から1個の段ボール箱が届いた。

その中に、汚れたままの下着やドロが付いた靴が一通の手紙と共に無造作に放り込まれていた。私はその手紙を読んだ。

「この度、再婚する事が決まりました。あなた様には二度とこちらには来ないようにお願いいたします云々」

手紙を持つ私の手はわなわなと震え、大粒の涙がしたたり落ちた…。返された母の汚れたままの服をビリビリに破り、靴を投げ捨て「このバカ野郎が…なめんなよ〜」と叫んだ。

それは母が可哀想とか、相手の男への怒りではなく

「自堕落な女には、それと同等の自堕落な男しか寄って来ない…母が子供を捨て、女としての自分だけの幸せを選んだ哀れな末路…」その現実をこの目で見た怒りだった。

私は10年間、母の暴言や人生への恨み辛みを聞きながら介護をしました。自分の不幸を他人のせいにしてしか生きられなかった母は、死ぬまでなにも変われなかった。亡くなる1週間前だったか…

母はポツリと呟いた「お母ちゃんの人生は、不幸ばっかりで、幸せなんか一度も無かった…」

違うだろう?あんたは幸せが一度も無かったのではなく…あんたに無かったのは…感謝だろう…感謝が一度もなかったから…そして母として生きる前に、女として生きる道だけを選んだから、神様から与えられた責任を果たさなかったから、あなたには不幸しか見えないんだ…と私は心の中で叫んだ。

間もなく母は、脳卒中でこの世を去りました。

私は母の再婚に反対ではありませんでした。むしろ…寂しいなら良い人に出会い、幸せであって欲�


京都の事件により、親の再婚について大きく取り上げられました。

私が「シングルマザーさんの再婚は多いに賛成です」と投稿しましたところ、たくさんのご意見を頂戴いたしました。

「再婚をして私も、子供も幸せです…」と言うご意見が多かったですが、「見知らぬおっさんが来て、家に住み着く気持ち悪さはあなたには解らないでしょうけど…」と言うご意見もありました。

折角ですから…私が何故「シングルマザーさんは、豊かな人と巡り会い、ぜひ再婚をなさってください」と言うかのお話をしたいと思います。

私の父は若くして亡くなった為、母は30代半ばで未亡人になりました。父が亡くなった後、母の生活はどんどん荒れて自堕落になって行った。
飲み歩き、パチンコに明け暮れて家庭を省みなくなり
やがて…男性を度々家に連れて来るようになった。
「今日からお父さんと呼びや」ただひと言…私に怖い顔でそう言った。兄はひと言も言葉を発しませんでしたが「お父さん」などと呼ぶ事は私も兄も決して無かった。

でも2ヶ月もすると…その男は母から去った。すると母は、取り乱し泣きわめきながら私を睨みつけ「お前が懐かないから、お父さんと呼ばないから…お前のせいや、お前さえおらんかったら…お母ちゃんは不幸にならんのに…お前なんか産まんかったらよかった〜」
母は自分の至らなさや、自堕落な生活を棚にあげて、男に逃げられた事など、自分に起きる不幸の全てを私のせいにした…。

男性と付き合っては、すぐに捨てられ…また付き合って…何度かそんな事を繰り返し、最後に付き合った人が名古屋にいく為、捨てられたくない一心で母も付いて行きました。
数年間…母はろくな生活をしていなかったのだと思います。
私が結婚して23歳になった年に、重い病気に掛かった母�