約7年のご愛顧をいただいています。
靖子さん(仮名)彼女は約30年…特別支援学校の教師をされてきました。

教師としても今は珍しくなった「生徒ファースト」✨昔で言う「熱血」でパワフルな先生です。

今年に入って…両手では足りない程のご相談をお受けした…。
それと言うのは、以前居た学校から移動になられたのですが、その移動先がとんでもない状態の指導者の塊だった…。
語れば山程ありますが…先日また先生がおみえになった。

先生の話✨
先生はご自分にも「生まれつきの難聴」の障がいがあります。でも先生の祖父は耳鼻科医だった為、早くから自分が難聴で有る事を告げられ、自分のハンディキャップを理解されていた。
ですから、社会に出てからも困るどころか、自分の弱点をしり、カミングアウトする事でたくさんの人々が先生を助けてくれた。先生はそれを一番の幸せだと思うと仰った。

この時期、3年生は就職の準備に入ります。企業に就労体験で生徒達が出向き、初めて「社会」を知る体験です。特にこの就労体験はそのまま就職に繋がるので教師も緊張感が走ります。

就労体験の説明の授業は、生徒のモチベーションを高める大切な授業なので、主事の参観もあります。
靖子さんは企画書を作成し授業に挑みました。

授業では、ご自分が難聴の障害を持っている事、その事で学生時代から社会に出てからの経験を踏まえて、子供達に
①自分にどのような障がいがあるか?を自分が知る事の大切さ
②障がいは恥ずかしい事ではない事
③困った時に助けを求める事の大切さ
④社会は理不尽な事が多く、差別的な事を口にする人がいるけれど、障がいを理解してくださり力を貸してくれる人もたくさんいる事等を生徒に話されました。

子供達の反応はとても良かったのです。ところが
主事「あのね〜障がいって言葉だけど…それ要る?特性で良くない?それに、自分の障がいを知る必要ってあんの?知らなくてもいいじゃん。障がいとなると可哀想でしょ?」

靖子さん「いえいえ…障がいは可哀想な事ではありませんよ…😰可哀想なんてそれこそ差別です。
学校と違って社会は、ほんとに理不尽で厳しいです。共に働く人に、自分のハンディキャップを知って貰う事は、ただただ変な人と思われない為にも大切な事です。本人がどうしても嫌だと言うなら、仕方ないですが、自分の障がいを卑下する事なく、他者に告げる勇気を持って手助けを求められる…そしてその企業での離職を避け、長く経験を積んで行くほうが、子供達の幸せにも繋がるのではないでしょうか?」

主事は迷惑そうにため息をつき「特性でいいじゃないですか〜わざわざそんな…本人が障がい者だと知る必要あんの?」と言って、靖子さんの授業は認められなかった。

靖子さんは言いたい事が山程あったけれど飲み込んだ。その足で、ご予約を入れてくださいました。
靖子さんは、4月から赴任した学校の余りにも酷いパワハラに耐え、決して逃げず、生徒の為にどんな授業をするか?だけに命を燃やしてきた。

主事を始め、靖子さんに厳しいパワハラを加える教師は、
年齢が若く、経験も浅い。何かにつけ事なかれ主義で、生徒がどんぐりの背比べのように、ただ3年間教師の言う事だけを聞いて従順であればよい。と言う考えです。
今回も先生の授業が「自分の障がいを知る事」と言う内容だった事が気に入らなかっただけの結果でした。

靖子さんは「私があんじゅさんのところに来るのは、こうなりたい、ああなりたいと言う気持ちはないのです。もう腐りきった主事の考えは変わらないのは解っています。
でも…あんじゅさんのお顔を見て話すと…ただただ癒える。自分は間違っていないと安心できるんです。いつもお話を聞いて頂いてありがとうございます」と涙を零しながら仰った。

私もただ涙が流れた。

私は「10年後、その輩が靖子さんにしたいじめは、必ず災いとなって己に降りかかる…全て因果応報です」と彼女にいった。
「あんじゅさん…ラピスラズリの破魔童が欲しいです」

私の長男はADHDで発達の障がいがあります。
私は長男が中学校に上がる時に「障がいが有る事」を告げました。障がいの有る無しに関わらず、人は自分がどう言う人間なのか?「自分を知る事」早く言えば自分の得手不得手を知っている事が必ず「生きる力」になるからです。

長男が就職して12年✨なんら人間関係に問題なく、必要とされています。
それは自分の障がいを自分が一番理解して、できる事と出来ない事を他人に話せたからだと思います。
「自分の弱点を知る事」は、素晴らしい武器即ち「生きる力」になるんだ…。