
私はあまり他人様を羨ましいと思った事がないのですが、記憶では2度あります。
1つは長男を産んだ時に隣り合わせに入院していた方のお父さんが、孫を見に来ておられました。持って来ていた小さな花束を娘に手渡されて、孫さんを眺めながら幸せそうなお顔をされていた。その微笑ましい父娘の姿に、私も父が生きていたら来てくれたかなー?と少し羨ましく思えました😊
もう一つは、小学校の時に初めてお友達の「誕生日パーティー」に呼ばれて行った時です。
友達は、優しいお母さんに髪を綺麗に結って貰って、人形の様な可愛いワンピースを着ていました。出される料理はみんなお母さんの手作りで、可愛く飾られていました。お部屋は、綺麗に整頓されていて、友達の部屋はピンク系にまとめられ、ふわふわの熊のぬいぐるみがベッドに寝ていました。その時のコーンスープの美味しさと、綺麗な家に感動した事を今も覚えています。
優しいお母さんが、綺麗に髪を結ってくれて、誕生日には手料理で娘の友達を家に招いてくれる✨女の子らしいピンクの部屋や可愛いぬいぐるみ。
私にとってはその光景がまさしく「富の象徴」
だったのです。
あなたにとって「富」とは?
今、InstagramやFacebookを拝見していると、これをすれば一発で起業成功して金持ちになれるとか、こうやれば失敗しない投資で、資産を莫大に増やせて金持ちになれるとか実しやかに語られています。でもこの様な簡単な話に乗ってしまうと騙されてしまう。このような方は、恐らく「莫大なお金を持つ事」が富の象徴だと思われているのだろうなと思います。
確かにお金の無いのは、首の無いのと同じくらい、生きづらいですから、お金は有った方が良いです。ところがお金が有れば幸せか?と言うとそうではないのです。
起業家で、例え億稼いでおられても死にたいくらいの悩みから抜け出せない方も居る。自分や家族に、怪奇な事が次々に起きて悩む方も居る。
私がカウンセラーを18年経験してきた上で「金持ち=幸せ」では無い事が自分の中で明白になりました。
恐らくこの世の90%のものは、お金で買える。けれど、残りの10%は、絶対に買えない。
その10%を持っている方が金持ちを超える「宝持ち」✨宝持ち=「真の富」なんだと私は思います。
皮肉ですがこの世は、手段を選ばず、金稼ぎに必死になりSNSで自慢たらたらのいわゆる「成功者」より、サラリーマンや、パートの方、専業主婦でも「宝持ち」の方が居られます😊
それは「富の象徴」が必ずしも「お金と言う形」では無いからだと思います。
私が幼い時、母はパチンコに狂い、遊び歩いて家は、ゴミ屋敷のようでした。
私にとってあの母の姿、家の中の状態は暗く冷たく、辛い「貧しさの象徴」だったのです。
でも友達の誕生日パーティーに呼ばれて見た光景は、私にとって「富の象徴」でした。私はどうしてもあの「輝かしい富」を手に入れたかった。
家族に美味しいご飯を笑顔で作る事。
家族がストレスフリーで暮らせる、綺麗な家に保つ事。
幸運の引き寄せに繋がる季節の行事を楽しませる事。
なによりも自分自身が、明明と灯台の光を湛える大きな港である事、私が幼い時に経験した暗く辛い闇を子供達に見せない自分で居続ける事が私の手に入れたかった最高の「富」だった✨
だからそれを手に入れる為の努力を長年惜しむ事が有りませんでした😊✨
私は子供達に「親孝行をして欲しい」と一度も言った事がありません。
私の母の口癖が「お前は死ぬまで親孝行しろ」「産んだったから感謝しろ」でしたから😂
私は子供が親孝行してくれても良し、またしてくれなくても良しと思っています。「育てたように子は育つ」🤣ですから仕方ない😂
それより「自分がどうあるか?」これが私の「富の象徴」に他ならない。
この世の全てを100とした時、お金で買えるものが90✨決して買えないものが10🩷
ですからお金持ちの方がたくさん買えます。
家、車etc
ところか「10」は、お値段がついていませんので、お金だけ持っていても絶対に買えない😂だって値段が無いですからね😊👍
残念ながらこの「10の重き」に気づかない可哀想な人が溢れています。
だから昨今「幸せを感じない人」が多いのではないでしょうか?
お金は神様が人間を試す「道具」 ✨
90ばかりに気を取られるか?僅かしか無い10に気づくか?
お金は同じ「お金」と言う姿をしていますが、手に入れ方により姿を変える。
時に「神様のご褒美」に。これはたくさん手にいれてください。
時に「悪魔の餌」に。今流行りの政治家さんの、キックバック😂あれは悪魔の餌ですから、食べて太れば、自分の最期は「悪魔の餌食」になりますね😱そんなに金の亡者になって、死んだら死体を
お札で焼くのかな?あはは😂
あなたの「富の象徴」は?
「10」に気づく事が出来ましたか?
私の富の象徴は「母の愛の深さ」🩷
10の中の1つ。値段の付けられな「母の愛の深さ」の大切さに気づく事ができた貴重な人生でした。
