人生は、定期的に「試練」と言う、トラップが仕掛けられていて、現れた敵と戦い、勝利すると自分の魂の格が上がり浄化され、輝きを得ると言う、リアルなロールプレイングゲームです。人間はこのように組み込まれたと言うか、自分で設計した人生ゲームを生きて行きます。人生を自分で設計する訳ですが、自分の行いの因果が複雑に絡み合います。例えば幸せと、また負として現れる試練をバランスよく思い通りに設計出来る人と、幸せの数に妥協が必要で、試練をかなり厳しい形で設計しなければならない人がいます。この違いは、前世の自分の行いと、先祖の血脈の因縁が深く関わってくるのです。
この世に起きる幸と不幸の二つの出来事だけを人間の目で見ると「運の良い人」「運の悪い人」とあたかも不平等に見えますが、神様(大宇宙)の目線で見ると、究極の「平等」でその人の人生は「自分の行いの因果応報設計図」と言う事になります。
過去世の自分が良き徳を積んだ人だったか?そうで無かったか?で来世の人生の設計図が決まります。それらは全て自分が設計しますので、難(試練)に遭遇したとしても、切磋琢磨して乗り切れるようになってます。そして乗り切れた時に、過去世、今世の罪や過ちが浄化され、初めて多くの気づきを得て浄化され、魂の格が上がるのです。
でも、中には不幸(試練)がとことん長引いてしまったり、または同じような不幸(試練)を何度も繰り返す人がいます。
それは難が起きた時、ある解決のキーワードを出さない限り扉は開かないように、自らが設定しているからです。その解決のキーワードに気づかないと難儀は長引くし、繰り返てしまうのです。
「難が起きた時の解決のキーワード」とは?
「その時どう考え、どう行動するか?」です。
試練を「不幸」と考え、誰かのせいにしたり、自分の人生を悲観したり、泣いてばかりいたり、
自暴自棄になったりしてネガティブな思考ばかりで、何も行動しなかったり、最悪は犯罪に手を染めたりすると、難義は長引きますし、繰り返しまします。そしてその難義から逃げれば、その一瞬は楽になりますが、試練として与えられた根本的なトラウマの浄化が出来ず、なかなか魂が向上しない為、また同じような難義を味わう事になってしまうのです。
ですから試練(今起きている難義)を、いち早く解決に向かわせるキーワードは、物事に対してのポジティブな思考と、冷静な行動力だと言う事になります。
では「試練」はどのようなメカニズムで現れるのか?と言うと、それは自分が恐れている形や、起きたら困ると思っている形で現れます。恐れや困り事と言うのは言い換えれば過去世のトラウマの記憶の中の「自分の弱点」です。
試練とは自分自身が自分の弱点を明らかにし、それに再度立ち向かい、勝利し、永遠の輪廻の中で2度とその弱点が現れない、強靭な魂に磨き上げる為にやってきます。
よって試練とは、過去世のトラウマの浄化をし魂の格(ステージ)を上げる為の、今世の自分に与えた素晴らしい「自分へのプレゼント」と言う事になります。
万が一自殺をしてしまったり、犯罪にはしったりしてしまうと、またそれらは更に厳しい形の来世の試練として、人生設計図に組み込まれてしまいます。
ですから、なにがなんでも今世で浄化(乗り越える)しなければなりません。
私はこの世に起きる難儀は、ほぼ試練と考えています。
ただ、少し違うものもありますが、それを話すとややこしくなるので、割愛します。
今回、主人が事故に遭ってしまったのも、私達夫婦の試練と考えています。ですから上記で述べたように解決には「ポジティブな思考と、冷静な行動力」あるのみと思っています。こうする事でこの難義は、解決に向かうスピードが速まると、自分の経験により解っていますので、ドクターから「脳内の出血が無く、命に別状が無くなりました」と伺ってからは、ポジティブな思考と冷静さを保ち、今までとなにも変わらない普通の生活をするように心掛けています。なによりマイナスの言葉を口に出さないようにしています。
すると不思議な事が起き始めました。
家族がこうなると心配な事が大量なのですが、
会社から担当の方が速攻で来てくださり、全て労災になりました。労災を嫌がる企業が多いですから有難いと感謝です。
また、会社のトップの方が来てくださり、涙して謝罪をくださり「復帰をお待ちしています」と言って励ましを頂いたので、なにより主人が希望を持てました。
最初の説明では頸椎の損傷で、首から下が麻痺する可能性が高いと仰ったのですか、昨日から座る事が出来ています。
そして目の飛び出すような衝撃が起きたのです。なんと😳主人が36年間一度も私に言った事のない言葉を言いました。
それは「ごめんなさい」(笑)
このようになったのは、誰も悪くない。私が人生に組み込んだ「魂向上」の為の試練なんです。
おそらく、これに気付いていなければ悲観して、泣いたり、悩んだりしたと思いますが、この出来事の全ては自分が設計した設計図通りなのだと理解しています。
いつもとなにも変わらず、歌を歌いながら主人の髪をとかし(薄いですが)顔を洗い、髭を剃り、
歯を磨き、体を拭いています。その後は第7のチャクラから気を入れて、足の神経が戻るようにマッサージをして帰ってきます。
主人は60歳になった頃から、義父に顔が瓜二つになってきました。親子ですから当たり前ですが。
介護をしていると、優しかった義父を思い出して「お義父ちゃん、そっくりでまた会えたみたいで嬉しい気がする」と言うと主人は号泣し「お前には迷惑ばかり掛けて、なにもしてやれんかった。
ごめんな」
と驚くべき言葉を吐いたのです(笑)🤣🤣🤣
主人には、36年間なにも言わず尽くしてくれた連れ合いに、言わなければならなかった言葉を言う為の試練が人生の晩秋に訪れたのかな?と私は理解しています。遅いけど😅😅
先日、病院から帰り、子供達のご飯をした後に冷蔵庫の大掃除をしていると次男が「お母さん😳なにやってるの?しんどくないの?」と聞くのです(笑)
「なんで?」
「お父さんの病院から、帰ったと思ったら、ご飯をガーっと食って、冷蔵庫あさって😳」
「あさってないわ😫掃除してるんや」
「しんどくないの?」
「しんどくないよ。お父さんは病院に入ってたら安心やし、年末は大掃除やろ」
と言うと次男が「ウルトラ級やな。普通は食欲が落ちたり、なにも手に付かないと言うか、眠れないとか、悩んだりするんじゃないの?」
「なんで寝ずに悩まなあかんねん?お父さんは治るよ。お母さん、微塵も疑ってないよ」
「僕も疑ってない。お母さん、家族で頑張っていこう。いつも笑おう」
「うん、お母さんは負けない」
私は自分の今世の出来事を見る限り、前世の自分が「自分の弱点を早く浄化しなければ」と、限界までの試練を組み込んだ設計図を作り生まれたんだと思います(笑)
54年間「やめて欲しいわ」と思うような厳しい試練の連続でした😅
昔はこの試練(浄化と向上)の法則を知りませんでしたので、いつも悲観したり、絶望したり、不幸だけの人生と涙したりしましたから、なかなか解決のキーワードを見いだせず難義が長引いたり、難義を恐れてばかり居ましたので、繰り返しやって来ました。
でも、ある日気付いたのです。多種多様の難義も、いつの間かオールクリアーしていたなと。
そして今不幸か?と聞かれたら、そんな事は全くありません。反対に起きた難義の全ては、自分自身に生き抜く勇気と知恵を与え、そしてそれらは高い経験値と言う肥やしに変わりました。
だから今私は「阿朱庵 阿朱」として、皆様にお目にかかれたのだと思います。
令和元年は、私の集大成の年なのか?
6月は次男の介護、また今回主人の介護😊
試練盛り沢山です(笑)
でも、私は既に試練の意味を神に知らされましたので、難儀が起こった時は驚きますが、目の前の事を順に片付けて行く普通の暮らし。これしかしません。
試練は魂の向上なのですから。
そして自分の体を大切にしています。母ちゃん転べば皆転ぶ(笑)
よく寝て、よく食べて、よく笑って。
主人の病院に行く為の楽しみも見つけました。なによりの楽しみは、浜松のデパ地下で美味しいものを買い物したり、雑貨屋回りが出来る事です🥰
どんな時も楽しみを見つけ「立ち向かう」
これが解決のキーワードです。
この年末、ご自分が病気であったり、またご入院して我が家に帰る事が出来ない方もおられます。
私のように家族がご病気、ご入院であって、自宅でお正月をお迎えになれなかったり、する方もおられるでしょう。また別の試練にぶち当たったり、苦しい方もおられると思います。
今日の私のこのブログは、そんな方々への大いなるエールになってくれる事を祈りながら書きました。
必ず乗り越えて行けますよ😃大丈夫。
「案ずるな。菩薩は真そばにおろうぞ」
