素晴らしいと思います✨
魂を振動させろ
黄色い熊ばかりを集めていた男性は、老いたお父さんとお見えになりました。
私は彼に「貴方が本当に求めているものはなんですか?」と問うと「わからない」とおっしゃいました。
「子供さんには会いたくないですか?」と尋ねると暫く下を向いて「会いたいですが、こんな馬鹿な父親は恥でしかないだろうから」
私は彼に「人は人生の中で幾度も落ちますよ。
幾度も幾度もです。でも幾ら落ちようとも、落ちぶれてしまわなければ、問題はありません」
「落ちぶれてしまう?」
「自分の人生を諦めてしまわなければ、幾ら落ちようとも問題はないのです」
と彼に話ながら私の昔話を聞いて頂きました。
私は母に邪魔者にされて、いつも「疫病神」と言われて育ちました。父親が亡くなり、母はお酒と男性に溺れて取っ替え引っ替え違う男性が家に来るようになった。汚いゴミ屋敷。柄の悪い見知らぬ男。なにもかも全てが嫌で仕方ありませんでした。友達はみんな親に愛されて幸せそうです。でも自分はなにをしても、どこに行っても不運でしかありません。家に帰るのが嫌で、夜の仕事をしたり、終電まで繁華街で遊び呆けていたのです。きらびやかなネオンや面白可笑しいだけの人間関係は、その時だけは楽しいけれど、家に帰れば生々しい不幸だらけの現実が更に心を闇に飲み込みました。ところがある日、終電にボーと乗っていると一冊の週刊誌が座席に置き去りにされていたのです。
そこには瀬戸内寂聴さんが、獄中の死刑囚に送ったお言葉が書かれていたのです。
内容は、死刑囚が自分の生い立ちや、育った環境などを語り、犯した罪を後悔している手紙を瀬戸内寂聴さんに送ったその返事です。
「人はどこで生まれたとか、どこで育ったかではありません。人はそこでどう生きるか?それだけです」もう僅かしか生きる事の出来ない死刑囚に「どう生きるかだ」とおっしゃったのです。
私はたったこれだけの文章に目が釘付けになり、
もう一度読みました。
「人はどこで生まれたとか、どこで育ったかではありません。人はそこでどう生きるか?それだけです」
「人はそこで、人はそこで、人はそこで
どう生きるか?
それだけです。
私の魂は、音を立てるかの様に激しく振動したのです。
あの母の元に生まれようとも、こんな不幸な環境に暮らそうとも、そんな事は問題ではない。
「私はそこでどう生きるんだ?ただそれだけだろう?自分の人生の不幸は誰のせいでもない。私の人生を母親なんかに決められてたまるか。今が例え不幸でも、幸せを掴み取る為に自分はどう生きるか?ただそれだけだろう」とたったひとりの終電の中で大声で泣きました。
岸辺駅を降り、長いガードを抜けた時見えた空は、黒の空に無数の星が輝いて清々しい風が吹いていた事を今も覚えています。それからの私は180度変わりましたよと彼に話しました。
彼は子供のように泣いていた。
人生は幾度も落ちますよ。でも幾ら落ちようとも心配いりません。そのまま落ちぶれてしまわなければよいのです。今この時から「どう生きるか?」ですよ。大丈夫。心配ない。
私は黄色い熊さんにそう話しました。
それから約1年、黄色い熊さんからは何もご連絡はありませんでしたが、ふとメールを下さいました。「あんじゅさん、その節はありがとうございました。先日子供達と東京ディズニーランドに行ったお土産を送ります。ご家族と召し上がってください。私もあんじゅさんのように、どう生きるか?を自分に問いました。17歳のあんじゅさんに出来た事が45歳の僕に出来ない訳がないと、どう生きるか?だけを考えて立ち直りました。
懸命に生きていると、子供達から連絡があり、お父さんに会いたいと言ってくれるようになり、
元妻も子供には快く会わせてくれます。先日、ディズニーランドに行きたいと言うので、一緒に行きました。あの時にあんじゅさんに会えて良かったです云々」彼はその後「どう生きるか」を自分が決めたのだと思います。
これは遠く8年程前の話になります。

今の苦しみや悲しみは、テーマパークの梯子をしても解決しません。今、若い方々にテーマパーク依存がとても多いと伺いました。
自分自身に目を背けてはいけません。
この状況は幾らでも変える事ができるのです。
「どう生きるか?」これを自分に真剣に問えた時、魂が音を立てるが如く振動し始めるのです。
魂の振動は、生きる力そのものなのです。
悩んだら阿朱庵にいらっしゃい。
魂を振動させにいらっしゃーい😊