こればパソコンの画像をお借りしました😊🙏
シトリン✨美しいですね✨
今日は少し怖いような、お話をさせて頂きます。
この梅雨明けの頃が来ると、3年程前に起きた怖いような、有難いような出来事と母を思い出すのです。
3年程前の今頃、次男がエコパからクラブ活動での帰りに大雨になり主人に迎えを頼みました。
行きは晴れていたので、菊川駅まで自転車で行ったのですが、駅に自転車を置いたままになりました。
「お母さん、自転車🚴♂️駅に置いてきた😳」
「あっそうだった?ほんならお母さんは、今日は歩くコースを変えて駅まで自転車取りに行って来るわ」と毎日トレーニングで歩くコースを変えて、川の堤防を歩きなが駅に向かいました。
夜の9時を既に過ぎていたので、辺りは真っ暗です。
いつもは大きな橋を渡るのですが、近道をして石のらんかんのある小さな橋を渡って行こうと思い薄暗い中を歩いていました。まわりは誰も居ない。
すると、橋を渡りきるかきらない所の橋のらんかんに、川の方に向いて座り足をぶらぶらさせている、小学校3年生くらいの丸刈りの男の子が座っています。
私は「危ない、親はなにをしてるんだろう」と思いました。
男の子は今にも落ちそうなくらい足をぶらぶらさせています。私は驚かせて川に落ちたらいけないから、そっと歩いているふりをして体を掴んで、欄干からこちらに引っ張ろうと、男の子に手を伸ばそうとしたら、私の腕を誰が掴みぐっと橋の中央に押し返しました。その左手の薬指にゴージャスなシトリンのキンキラキンの指輪が見えました。
この指輪に私は見覚えがあったのです。
そう。母のお気に入りの指輪で片時も離す事なく付けていました。画像とはかなり違いますが、シトリンが3つカーブしながら並んだ粋な指輪でした。
ところが、母が脳卒中で倒れ救急車で運ばれた病院で失くしてしまったのです。MRIを撮る為に貴金属を全部外して、看護師さんに手渡されたのですが、私は気が動転していて、
病院のソファーに置き忘れて失くしてしまったのです。
失くした事を思い出したのも母の葬儀が終わって何日も経った時でした。でも母の物になんの執着も無かった私は、それっきり母の貴金属を探す事もしませんでした。
でもその指輪をした白い手が私の腕を掴んで、引っ張ったのです。
薄暗い中よーく見ると、男の子は橋のらんかんに座っていたのではなく、空中に浮いて足をぶらぶらさせていました。あの子供の体を掴んで身を乗り出していたら、私が橋のらんかんから転落して菊川にドボンでした。私は母の白いてが消えた途端、あまりの恐怖で普通では出ないスピードで駅まで走りました。次男の自転車にまたがり一目散に家に帰り仏壇に手を合わせて母にお礼をいいました。
きっと母が「まだ死んだらあかんよ」と腕を掴んで知らせてくれたんだと思いました。
いつもブログで書いているのですが、私の母は、私を愛す事が最期まで出来なかった人です。
母と私は悪縁でこの世で出会ってしまったんだろうとしか思えない親娘でした。
でも私は「今度母が生まれ変わったら、産んだ子供をたいせつに、家庭をたいせつに、ほんとの幸せを掴んでほしい」と思っているのが本当のところで、二度と母には会いたくはないのですが、
恨みも憎しみも既にないので、先祖様として日々ご供養は欠かしません。
だからなのか?娘だからなのか?母の気まぐれなのか?よくはわかりませんがあのシトリンの指輪の白い腕が危険を知らせてくれたのは、紛れもない事実です。
この経験を元に私はお客様にお話をさせて頂くのは、この世に悪縁で家族として出会ってしまったとしても、その縁が強い悪縁であればあるほど、その方が亡くなった時は「また悪縁で出会わぬように。来世の幸せを祈ります」とご供養してください。そしたら強い守護霊となって、危険を救ってくれますよと言う事です。
母と私が出会い生きた33年は、壮絶でしたが、
母は今やっと本当の母になって私を見守ってくれているのかも知れないと、梅雨が明けるこの時になると母のキンキラキンのシトリンの指輪と、あの奇妙な男の子を思い出します。
