まだ長男が小学生の頃だったと思います。
冬休みが終わると新学期が始まり、子供達は冬休みの楽しい話を友達にします。その時必ずお年玉の話がでます。「まさやはお年玉全部でいくら?」「5000円」「えー少な〜(笑)まさやの家族って貧乏なん?僕なんかお爺ちゃんとかお婆ちゃんとか親戚合わせて60万円くらいあるよ。5000円てださい。貧乏人〜まさや貧乏人」と学校で言われたと言って帰って来ました。
「お母さん、僕のお年玉はなんで5000円しかないの?僕の家族は貧乏人なの?」
私は笑いました。「まさや、よく聞きなさいよ。
まさやにお年玉をくれる人はお父さんとお母さんしか居ないやん。お父さんが3000円、お母さんが2000円合わせて5000円。これで当たり前。まさやのお爺ちゃんとお婆ちゃんは、全員亡くなってもう居ないから、まさやにお年玉をあげられるのはお父さんとお母さんだけ。だから5000円。貧乏だから5000円じゃないよ。その子は家族がたくさん生きているから、たくさんお年玉があるんやね(笑)」
「僕もお爺ちゃんとお婆ちゃんがたくさんいたらなぁ」と言ったので、私はそこで、もしお爺ちゃんとお婆ちゃんが生きていたら、どれだけまさやとたつやを可愛がってくれたかの話をしました。
お前のお爺ちゃん達がどれだけ、素晴らしい人格の持ち主だったか。そして私の母も誤りが多い人生でしたが、孫は目に入れても痛くないほど可愛がりましたので、お婆ちゃんはやせ細って歩くのもままならなかった状態でもまさやをおんぶしていつも「うーちのまさやんのーえ。うーちのまさやんのーえ。えぇさいさい。可愛いまさやんさいさい」と歌ってくれたよと言うと長男の目が俄かに輝き「僕、それ覚えてる。お爺ちゃんとお婆ちゃんに会いたいな」と言いました。
私は「お爺ちゃんとお婆ちゃんはもう会う事は出来ないけど、必ずいつもまさやとたつやを見守ってくれてるよ。だからお金が居るなら立派に働く人になりなさい。すると神様がたくさんご褒美をくれるよ。なにも心配ない」と言うと、その話を次男に「お爺ちゃんとお婆ちゃんは天国からお兄ちゃんとたつを見てるんだって。お利口さんにしてるとご褒美をくれるんだって」と話て聞かせました。それからも毎年我が家のお年玉は5000円(笑)酷い時は無い時もありました(笑)あるのは母の笑顔とギャグ(笑)でもあれから約17年、長男は立派な働く人となりました。今、長男はお父さんと次男に万超えのお年玉をくれます。
父「ありがとう」次男「ありがとう」
長男「天国からお婆ちゃんとお婆ちゃんが見守ってるから大丈夫」と必ず言います。
主人と私がしてやれる少ない5000円ではありましたが、この5000円と言う「神さまのご褒美」は長男を立派に働く人に成長させ、更に他人を喜ばせる豊かさを与えてくださったと感謝をしています。僅か10%の重さ、あなどれない重さです。
お金がたくさんある事は「大きなめぐみ」ではありますが、幸せの全てではありません。
幸せは「自分が勝ち取るもの」「お金は自分が稼ぐもの」誰かが与えてくれるものではない事を、子供が生まれたら、親はきっちりと教えるべきです。
お爺ちゃんお婆ちゃんに会いに行くのは、喜ばせてあげるため、元気でいるか?困っていないか?確かめに行く為に行く。「他人への思いやり」を子供の潜在意識にインプットする素晴らしいチャンス。お金は、自分で稼げて初めて多大なる幸せと言えます。
爺ちゃんお婆ちゃんもお金で孫の気持ちを買おうとしないで、いつまでもお元気で、そこに笑顔や安らぎや懐かしさがありさえすれば、子孫は必ず来てくれる。
お金はその次で良いのです。
可愛い子供や孫を詐欺師にしない為に、僅か10%です。重さを感じてください。
