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プライバシー保護の為色加工済

こんな眼で睨まれると・・・・身が引き締まるようです。
ご依頼主は、長いお付き合いの「潤子さん」。彼女は長年描いていた夢を叶え数年前開業をしました。開業時は嬉しそうにご連絡を頂いた事が昨日のように思い出されます。
開業されたお仕事はお客様商売なので・・・開業前から彼女の独立を良く思わぬ輩の再三の妨害もありました。でもその時もご相談の依頼を頂き、解決に向かわれたと記憶しています。

先日潤子さんから上記の羊天眼の依頼があったので大玉16ミリをペンダントトップにしました。珠が大きいと「雫」は支えきれないので蝋引き紐での細工となりました。
潤子さん曰く「最近・・・・人魔が競い襲い掛かって来るように難問が起きます。先生のブログで眼のぐるぐるした石を拝見しました。すご~~い眼のぐるぐるした大きな石でペンダントトップをお願いできますか?」との事でした。
羊天眼石を探しあぐねた結果・・2つ16ミリを見つける事ができました。
彼女に羊天眼石が届いて間もなくメールが届きました
彼女からのメール(プライバシー保護の為一部変更)
「ありがとうございます。天眼石を受け取ってからと言うもの、ほんとうに不思議なんです。あんじゅ先生・・・本当に不思議。ちょっと大変なお客様が立て続けにいらして・・腹に据えかねて意見をしてやろうとか思ったり、お店で使用の器具を高いお値段で買ったにも関わらずお値段に比例しない使い勝手の悪さでメーカーさんにクレームを言ってやると激高したりすると、そのお客様やメーカーさんがいらした時に天眼石がじわっと熱くなって「あれ・・・まさか・・そんな、まさか」と思っているうちに気持ちが、意見やクレームを忘れてブレーキがかかるんです。
そしておまけに超クレーマーだったお客様が謎のキャンセルをされ助けられたり、また2月の閑散期に考えられないご予約を頂戴出来たり・・言い出したらきりがない程です。パワーチャージにお預けした翡翠の念珠は久しぶりにお帰りになって触った瞬間・・・訳もなく涙がどば~と出たり、とても驚いています。お客様商売で完全に人間の悪気に当てられ酷い頭痛で帰宅しても羊天眼を身に着けるとす~と痛みが取れました。痛みが取れたと言うより・・なんか体から出た感じがして・・先生ほんとに不思議で仕方ありません」
天眼石は凶魔を祓い、滅し、また結界を張って持つ人を守ると言われています。そこに潤子ちゃんの素直な「信」の心が共鳴し・・・結果そうなったと私は思っています。
潤子ちゃんが「魔」のお話しをして下さったので今日は「魔」についてお話しします。
「魔」と一口に言いますが、世の中には多種の魔が存在します。大まかに分けると・・・

〇自分の内側に存在する「内なる魔」


〇自分の外側からから受ける「外なる魔」

「内なる魔」
と言うとどんな魔だろうと思いますが、心に潜む「貪瞋痴」(とんじんち)の三毒の事です。これは仏教用語で貪欲〈どんよく〉(むさぼり)・瞋恚〈しんに〉(嫌いなものを憎み毛嫌いしイラつく)愚痴〈ぐち〉(執念深く悪口や文句を言う)。簡単に言うとこうなるでしょうか。
これは心の三毒と言って人間はみんな持っています。
この世に善人と悪人が存在するのはこの「貪瞋痴」を如何に表に出さず理性〈自我抑制力〉でコントロールできるか?に掛かっています。いつも「貪瞋痴」を丸出しにしている人は見るも我がままで根性の悪い陰険な人間性が表面化してしまう、「貪瞋痴」を理性でコントロールできない理性の極めて低い人です。
またいつも、穏やかで人の話に聞く耳を持ち、更に悠々と見える人は理性が高く自己コントロールができる人と言えます。
でも・・・・どれだけ理性を高く持って居ても、もともと備わった「貪瞋痴」は、時として現れてしまう時があります。それは自分の生命力が弱った時や、外から受ける刺激によってふっと前面に出てきてしまう時です。それを「魔が差した」と言います。
テレビの報道で傷害事件や殺人事件が起きた時に、近所の方のインタビューで犯人の事を「いつも朗らかで腰が低くそんな酷い事をする人じゃない」と言われているのをよく聞きますが、それは理性で抑えられていた「貪瞋痴」が、生命力の低下や何かの刺激で突然現れて犯罪行為を犯してしまった結果と言えます。
ですから全ての人間はいつ何時「魔が差す」か解らない生き物と言う事です。
上記の潤子ちゃんのお話しですが、いつも穏やかな潤子ちゃんが、お客様の態度の悪さや、高額で買った備品が使い勝手が悪いと言う出来事が彼女の「貪瞋痴」を刺激してしまい・・・イラつき激高して文句を言おう・・・としてしまったのです。でも・・・もしそれをしていたらどうでしょうか?お店の看板に傷が付き悪評が立ったかも知れない、機械のクレームを付けた人間が嫌がらせをしてきたかも知れない・・・結果、彼女が被害を被っていたかも知れない。羊天眼石は、後に起こり得る「かも知れない」その出来事から彼女を救ったものと私は思っています。
人生は無益な争い事が無い方が安全で幸せなのです。

「外なる魔」
そしてどれだけ「貪瞋痴」を理性でコントロールできても「外なる魔」が襲う時もあります。これは本当に恐ろしい事ですが私はテレビのニュースを観てよく思うのですが「子供の登校の列に車が突っ込んだ」とか「ビルの工事現場で落としたドライバーが頭部に直撃してしまった」とか不慮の事故です。考えればその場に行くのが1秒早かったり、1秒遅かったりすると、その事故は起こらなかったのです。でも魔が互いをその場所に引き寄せるのです。この不慮の事故は善人、悪人関係なく「魔」の仕業で巻き込まれるのだと私は思っています。生と死は紙一重と言う事です。

生命に「貪瞋痴」が有る限り「魔が差す」事が度々起きます。その魔の最悪は死として起こる事があるのです。こんなに恐ろしい事はありません。
私はこの「内なる魔」と「外なる魔」を祓い、滅し、結界を張り近づかないようにさせる為に最高のパワーを発揮する「天眼石」を家族に持たせています。もちろん私も持っています。

これは余談ですが私は「貪瞋痴」が表に出ない訓練を日々しています。
それは決して難しい事ではありません。「魔」に対して「神」〈陽気〉が存在しますから、襲う魔に対して、陽気のパワーが常に上回り守護される事が大切です。魔は人間の「貪瞋痴」が好物ですから、特にイラつき「切れる」瞬間に巣喰います。ですから人間は日々、イラつかない訓練が必要なんです。
その訓練はとても簡単です・・・赤信号で止められた時に「また・・赤か・・」とイライラしたり、「今日は運が悪い」と思ったりしないで「ありがとう」と思う事・・・これだけです。

信号が赤だから常に苛立ち切れていたら・・それだけ「魔」を何度も引き寄せてしまっています。一日の内に全く信号を渡らない人はほぼおられないと思いますので、赤信号にひっかかった時にイラつかない訓練は大きな意味があります。上記で述べたように・・・「外なる魔」は1秒ずれると外れます。
「この赤信号は命を守る1秒なんだ」と思うとありがたいと思えますし、些細な事でイラつき「切れない」訓練にもなります。
青なら普通に「ありがたい」
赤なら未来に起きる危険な1秒を避けて下さりありがたいと私は思って日々道を歩いています。
些細な事ですが、私がもう何十年も続けて来ました「感情コントロールの訓練」ですから・・・今はどんな事も殆どイラついて「切れる事」は無くなりました。子供達にも小さい時から言い聞かせて来ましたので、赤信号で情緒の安定を図る訓練してると思います。その成果かどうかは定かではありませんが子供達はいつも「自分の機嫌は自分でとる事」が出来て、気持ちが安定して切れる事はありません」

魔は近づいて来ないのが一番。でも近づいてきたら祓い除ける力が必要。そして心を犯さないように結界を張る事が最も大切と言えます。

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ソールドアウト
羊天眼石16ミリ大玉(5000)税込み(加工費込み)
最後の一つです。羊天眼を・・と思う方ご依頼下さい。