先日、阿朱庵を長らくご愛顧下さっているご夫婦(お父さんとお母さんと呼ばせて頂いています)
浜松の方で大きな会社を経営されている社長さんご夫婦です、お父さんはもう70歳お近い年で、自分一代で起業して会社を大きくされて来ました。
ご夫婦で神仏への信頼が厚く、ご先祖供養も欠かさない素晴らしいご夫婦です。「バブルの時、次々に会社が倒産している中、奇跡的に新規のお客様を得るような奇跡が起こり、会社は今に至ります。私はいつも人の力に助けられて来ましたので社員は私の宝です」とおっしゃる通り、ご自分の会社の社員さんをとても大切にされます。
ただ・・・そんな昭和の精鋭も家では頑固一徹でお母さんはそれが悩みの種だと笑っていらっしゃいます。その頑固なお父さんが、私をとても慕って下さり、家族全員のお念珠もご依頼下さいました。
今もお母さんから「あんじゅさん・・・お父さんがまた貴女の話をお聞きしたいと言ってるんだけどご予約取れますか?」とよくご依頼を頂いています。お父さんは別に私に何を尋ねたいと言う訳ではありませんが、
私と魂のお話し、先祖の供養のお話し、またご自分のお若い頃のお話をされてお帰りになります。たまにお母さんから「あんじゅさん・・・ごめんね。お父さんが機嫌が悪くてね~~貴女のお話しは素直に聞き入れるから・・・近々ご予約入れて下さる?」と言ってお父さんをお連れになる時があります(笑)最初はむすっとされていますが数分もすると無口なお父さんが楽しそうにお話しを始められて私はニコニコと伺っています。そしてお父さんが素晴らしいのは1時間経ったらきっちりと「あんたも次の仕事だね」と席を立って下さる事です。一切パワー泥棒をされません。もちろんお支払いも下さいます。
お母さんが帰り際いつも「あんじゅさん、ごめんね。お父さんは貴女と話すと優しくなって元気になって明るくなります。貴女は主人の心のビタミン剤です。今後ともよろしく」と笑顔で帰って行かれます。
私との魂の話や神仏の話が、お父さんにとって心地よく、生きる力を沸かせて下さるなら、これも私のお役目かと思っています。
お父さんは少し霊感がお有りになるようで私の事を「不思議さん」と呼んで下さり「貴女は、たけたお力をお持ちだけれど・・・決して奢らず・・知恵をひけらかさず、褒め上手で話すだけで安らぎを感じます。貴女の近くはとても居心地がいい。あんたは菩薩さんだ」とお褒めに預かって恐縮しますが光栄で嬉しいと感謝をしています。

お父さんは凄いお念珠を持っておられるのですが、画像を出せませんので石だけの紹介です。これ・・・翡翠です。こんな翡翠も存在します。(画像は同じような翡翠をパソコンから出したものです)
一週間程前の事でしたかお母さんから「あんじゅさん・・・申し訳ないのですが・・急で済みませんが今日か、明日はお時間に空きがありますか?」
とご連絡がありました。私は何事か?と思い翌日の空きをお知らせしました。
次の日、お見えになったお父さんのお話し・・・
知り合いのご紹介で「付き合いで風水師の鑑定に行ってくれないか?」と頼まれ・・・出向かれたようです。
ところが・・・・5分座っていると吐き気と頭痛がして座っていられなくなって来ました。でも律儀なお父さんは来てすぐ席を立っては失礼だと・・・我慢をして風水師のお話しを聞いていました。
片付いてもいない部屋に通され、こたつに差し向えに座り、若い女性が
自分は風水師としてこれだけ立派なんですよ、と言うような自慢話をされたようです。それだけでも気分が悪いのに、今度は風水占いで使う専門用語を並べ立て「解りますか?だからあなたの人生は運がないのよ」と力強く言い放ち、ああしなさい、こうしなさい・・・私の言う事は絶対です。私の言うようにしたら貴方の人生は良き方向に向かいます。解りましたか?貴方の人生は否定的な塊です・・と常に上から目線でまくし立てられたようです。するとおもむろに高価な幸運グッズを「買いなさい」と言わんばかりのお話しが始まった為、お父さんの我慢も限界に達しお母さんに目線で「帰ろう」と伝えたのでお母さんが「ごめんなさい・・行くところがありまして・・・これで・・」とお席を立たれたようです。
その帰りに「あんじゅさん・・・居るかね?連絡して・・・」とおっしゃり、
次の日、阿朱庵に見えました。
お父さんが「あんたと同じようなお仕事のはずなのにね・・・本当に疲れて、疲れて・・・パワーを貰うどころかイラついてパワーダウンだよ」と笑っておられました。
私はどこの先生がどうであれ興味も関心もありませんが、今は「スピリチュアルブーム」「占いブーム」「癒しブーム」でこのようなお仕事を目指して「成功」を願う方が増えたと思います。それは全く問題が無いのですが、やはり向き不向きがどんなお仕事にもあると思っています。
今の時代、素晴らしい中国何千年の歴史の有る風水学もお金を出せば難なく学ぶ事ができる時代になって来ました。でもテレビで見るような占い師さんは別にして、お金をかけて気学や風水学、タロット占い、四柱推命と学んでもそれが、おっしゃる「成功」=「儲け」に繋がるか?は定かではありません。現に溢れかえるほどの占い師と名乗る方がおられますが、最初はお客様が来てもリピーター率が極めて低いと、占いの仕事は長続きしません。なぜかと言うとリピーター率が低いと言う事は最初にお見えになったお客様からの紹介も皆無だからです。「人」が集わない「占い師」は、ファンの居ない芸能人のようなもので、知らぬ間に消えていきます。ではなぜお金をかけて学んだ分、知識は豊富だと言うのにこうなるのか?
前置きが長くなりましたが・・・今日のお話し。
人が話す言葉には「真力」と「魔力」があります。
「真力のある言葉」
1、人を勇気づける言葉
2、人を癒す言葉
3、人にやる気を起させる言葉
4、人を正しい道に導く言葉
5、人に気づきを与える言葉
6、人を愉快に嬉しくさせる言葉
等々他人に「陽気」を与える言葉の事です。全てが人に生きる力を与える言葉と言えます。
「魔力のある言葉」
1、人を疲れさせる言葉
2、人をイライラさせる言葉
3、人を馬鹿にする言葉
4、人に自慢する言葉
5、人からやる気を奪う言葉
6、人を死に追いやる言葉
等々他人に「陰気」を植え付ける言葉の事です。全てが人から生きる力を奪い取る言葉と言えます。
私たちのような仕事、或いは占い師等は「真力のある言葉」を巧みに使い分けお見えになった方に「生きる力を与える」事が本来の役目ではないか?と私は思っています。この能力は占いの歴史や、そのやり方を学んだからと言って開花する物ではありません。これは努力をしても得る事ができない持って生まれた「才能」です。
どんな才能ですか?それは瞬時にしてご相談者の陰と陽を見極め、陽を引き出す事ができる天性の「パワー」を保持する才能と言えます。
この才能は余り年齢には関係ないとは思いますが・・・10歳や15歳では開花しないものと私は思っています。でもその才能が有る事が幼い時からの言動・行動に現れている子供達も居ます。私は「きっとこの子も自分の役目にお気づきになると・・・素晴らしい指導者になるのではないか」と思う事が稀にあります。
話がそれましたが「真力のある言葉」は才能が無いと巧みに使い分ける事ができません。ですから占いを徹底的に学んで素晴らしい知識が有ってもこの占い師と言う仕事で成功するとは限りません。上記のお父さんが出向かれた占いの先生のように、お見えになったお客様に「魔力の有る言葉」しか吐けず、自己自慢や知識をひけらかしても、お客様がエネルギーを無くし帰ってしまわれてはその占い師は無用の長物でしかなくなってしまいます。占い師の方だけではありません。霊能者と呼ばれる人もそうです。人は霊感がある人は「凄い」と思いがちですが「見える人」=「正しい生き方をしている」とは限りません。その能力を悪用している方も多々います。
そもそも霊能力と言うのは昔は全ての人間が多かれ少なかれ有った物で、今は便利になったから第六感だけが無用になり徐々に失われて来ただけの事です。稀に霊感の強い人は「野性的な本能が残っている人」と言うくらいで霊感がある事が「尊敬しべき人」とは決して言えないのです。
やはり・・・自分に備わった霊能を人助けに役立てたい・・と思う人は
この「真力のある言葉」を巧みに使いこなせる才能が備わっていないと決して人様に意見や助言は出来ないと思います。「真力のある言葉」を使いこなせず「魔力のある言葉」ばかり並べて、高額な物を売りつける霊感商法の詐欺に走ったり、除霊と言って破格のお値段を奪い取ったりと犯罪に走っても平気な方はそもそも才能がお有りにならない・・・やがて刑務所行きとなるのです。
私は「自分は神様に選ばれた人間で私の言う事は神の言葉だ」とおっしゃる霊能者とか宗教家とか占い師は信じません。なぜかと言うと・・・私がそうではないからです。よくご依頼主様に「あんじゅさんは良いですね~~神様の声が聞こえて・・その通りにしたら良い事が起きるんでしょう~~ずる~い。私も教えて下さいよ~~」とおっしゃる方がおられるのですが、
私は自分の神様に「お前は選ばれた人間だ」とも一度たりとも言われた事も無いですし、「お客をお前の言うとおりにさせてら良い」とも言われた事が無いです。そして神様がテレビを観るかのように幸運になるには「こうしなさい」「ああしなさい」と言って来たこともただの一度もありません。どう説明するとご理解頂けるか解りませんが・・・・お答えを頂けるのは他人様の事で問いかけた時のみで、自分の事はお答えいただけません。そしてお客様の答えも「なぞかけのお告げ」で最初はさっぱり解らないのです。ご依頼主にどう「真力のある言葉」を発するか?と悩み・・・悩み・・悩んで守護神が告げて来た言葉をがむしゃらに紐解きます。そうしているとやがて見えてくる時が来てそれをご依頼主様にお知らせします。
私はご依頼主様の悩みを共にどう解決するかと考え、悩み・・やがて答えを見つけ、自分の才能を開花させてきたと言えます。
これは昔ブログに書いたと思いますが、私がまだ駆け出しだった時、深い悩みの男性がお見えになりました。もうお年を召しておられましたが・・・なぜか亡くなった父に面影が似ていて「どうしてもお助けしたい」と思い力強く、良くなる方法をお話ししました。私は「これできっとお元気になって下さる」と思って、自信満々でいたらある日、当然お電話がありました。
「あんじゅさん・・・・私を思ってパワー溢れる言葉をありがとうございました。でも・・・・私には・・・ちょっと。貴女が眩しすぎてね。貴女は私には合わないと思います。ごめんなさい・・・私はもうこのままで・・これが人生なんだと思います。もういいです」
私はショックでした。自分は彼が元気になって下さると思い込み、彼の気持ちも考えずああしろ・・こうしろ・・・そんな事ではよくなりませんよ。等と「魔力の言葉」を吐いてしまって、彼から生きる力を更に奪い取ってしまったのです。私がこの仕事をして初めて後悔の涙を流した出来事だったと思います。私は自分がどうすれば良いか解らなくなりました。
その時守護神が告げて来た言葉「喉の渇きよる者に・・・熱き茶など出せば・・そりゃ飲めぬわのう」でした。私はなんで今熱いお茶の話やねん?と腹立たしく思いました。ところがまた「そなた・・・げに・・たわけ」と言って来ました。おそらく「この馬鹿野郎」とおっしゃったのだと思います。
「なんで私が馬鹿野郎なんや?なんでや・・・熱いお茶・・・喉が渇く者・・・飲めない・・・」
私はハッとしました。「喉の渇いた人は熱いお茶を出されても・・・がぶがぶ飲む事ができない・・・喉の渇いた人には冷たい水。体が冷えた人には温かいお茶・・・・。そうだ・・人には魂に格がある。彼は私にそんな上から目線の偉そうな言葉を求めていらっしゃらなかった・・・もっと心を癒す本物の優しさを求めて阿朱庵にいらしたんだ・・」と気づきました。
彼は、もう二度と阿朱庵にはお見えにならないと思っていましたが、私は彼に一言謝罪をしようと・・・この事の流れを説明して「喉の渇いた人に熱いお茶など出してしまい申し訳ありませんでした。貴方のお陰で念珠師をしてとても学ばせて頂きました。ありがとうございます。この度は申し訳ありませんでした。どうぞ・・・・生きて下さい」と申し上げると「やっぱり・・・私が信じた素晴らしい念珠師です。あんじゅさんは」と言って再度お見えになって下さり、それ以来約5年間のご愛顧を頂戴しました。残念ながら2年前に他界をされたのですが、その年の12月24日に相談のご依頼を頂戴していてその時のメールに「私は貴女に逢えて・・・晩年の人生が最高のものになりました。今まで貴女の一言一言にどれだけ勇気を頂き、安心と自信を頂けた事か・・・貴女にこの5年・・私はお礼を言って無かったような気がします。ありがとうね・・・」とおっしゃって下さいました。
ところが24日にはなんのご連絡もなくお見えになりませんでした。
メールをしましたがやはり返信が無かったので「何か御用がおありになったか?」と思っていましたら、年が明けてから息子さんから12月21日に急性心不全で亡くなったとの知らせがありました。私は驚きましたが・・・彼は自分の魂が死期を知っていて24日にお見えになる前に私にお礼を言って下さったのだと思いました。彼からのお礼のメールは更に私が念珠師として生きる自信を与えて下さった事は言うまでもありません。
それから数年・・・・お見えになるご依頼主の魂が求めていらっしゃる
「真力のある言葉」を投げかけ・・・生きる力を漲らせて頂いています。
私は恐らく、才能を頂き生まれました。そしてその才能を更に磨き上げる為に試練を与えられる人生だったと思います。更にその才能を開花させる為に多くの人との出会いが有ったと感謝をしています。
このお役目を果たして行けるように・・・・
「真力のある言葉」を溢れんばかりに投げかけ、生きる力を漲らせて頂くお手伝いをして行きたいと思っています。
「真力の有る言葉」・・・難しく考えないでいいのです。自分が言われたら嬉しくなる言葉・・・・ただそれを相手にもお裾分けするだけです。
爽やかなお褒めの言葉・・・これが「真力のある言葉」です。
少し前・・・私も「Fee」のオーナーの鮎ちゃんから「真力のある言葉」を頂戴しましてそれからウキウキが止まりません。


彼女もまた他人に生きる力を与えるお仕事をされていてその才能は豊かなものと私は思っています。
私が投稿したお庭の画像にコメントをくれました
「あんじゅさん・・素敵なお庭ですね~~イギリスのコッツウォルズのお庭みたいですね」と書き込んで下さいました。私はコッツウォルズのお庭がどんなお庭か知りませんでしたので早速Googleで調べました。すると・・・素晴らしいイギリス庭園の画像が出て来ました。鮎ちゃんがこんなに素敵なお庭みたいだ・・・とおっしゃって下さってとても歓喜しました。それからウキウキが止まらず「大変だったけれど・・お庭作りを頑張って良かった」と毎日幸せを感じています。さりげなく・・・他人が心から喜び生きる力を与える言葉「真力の有る言葉」を投げかけられる人。それが神秘の世界で「本物」と言えると私は思っています。